街かどニュース

七尾城山、大谷川の源流、落ヶ滝。その急峻な山肌に祀られる不動明王。 年に一度のお参り、1時間かけて道なき道を進みました。 動画あり


こんな道が続きます。










滝が見えます!!



到着しました。ハァ、ハァ、とみんな息が切れそうです。



脚立を立てて登ります。



祠(ほこら)があります。



中に不動明王が…。




不動明王が見下ろしています。



麓にある案内看板です。



里山に戻りました。これで一安心です。



真舘マサエさんと、本家さんからお赤飯、果物とお菓子、ジュースが配られました。

真舘マサエさん、ずーと一人で麓で待っていてくれました。

城山を愛する会の国分会長が水先案内をしてくれました。前日から参加者が転ばないように、道を手入れして頂きました。国分会長、ありがとうございました!

到着しました。

小島町の妙観院、北原住職の読経で皆さんお参りしました。

真舘マサエさんから聞いた話

大正13年、日照りが続く七尾、この地で雨乞いの神事が行なわれました。城山の麓の集落、小池川原、古城、古屋敷、竹町の四つの在所で行者に来てもらい、落ヶ滝で雨乞いの神事を行なうと16日目に雨が降りました。

人々は喜び、竜神様にお礼をということで、十数人で抱えるほどの大きな大蛇を藁で作り、大谷川に流し、太鼓を叩きお題目を上げながら下流へ進み、矢田新の河口で拾い上げ、府中の浜で燃やしたそうです。そして不動明王を作り滝の下に安置しました。この不動明王は地元の芋塚石材で制作してもらいました。

最初はお礼にお参りしていた人々も、時と共に不動尊に足を運ばなくなる中、古城町の真舘家がそれ以来ずーっとお参りを続けて来ました。

真舘マサエさんは小学1年の時から両親に連れられて、元旦にはここに初詣に来たそうです。真舘家では、雨の時も、雪の時も、不動尊にお参りしてからでないと、お雑煮が食べられなかったそうです。

マサエさんが結婚してから、ご主人の次郎さん、父親の精三さんが二人で不動尊が雨ざらしのままではいけないと、滝の横の山肌の上に横穴を掘り、祠を造ってそこに移しました。それが現在の場所です。

更に11月28日を不動尊の日と決めて毎年お参りをして来ました。しかし、今年86歳のマサエさん、5年前から不動尊にお参りに出かける事が困難になり、古府町の親戚宮崎さんに相談したところ、城山を守る会の人たちにお願いしようということになりました。

城山を知り尽くす国分会長が快く引き受けてくれ、なんとか不動尊参りが続けられることになりました。この時からお坊さんにも一緒に登ってもらい読経してもらうことにしました。それで小島の妙観院さんにお願いに行った所、なんと妙観院さんの先祖は元々城山にいたそうで、それならばと快く引き受けてくれました。

そして山の入口に案内看板も設置されることになりました。それまでは、落ヶ滝への入口すら分からないような状態だったようです。



真ん中でピースするマサエさん。前列右が国分会長。

マサエさんは、古城に生まれ、古城で育ち、現在も古城で暮らします。今は亡き両親とご主人の意思を繋ぎ、四つの在所で行なった雨乞い、そのお礼に安置した不動明王、そのお参りを一人コツコツと欠かさず続けてきた姿に頭が下がります。

こんな物語が、城山の奥深い落ヶ滝の不動尊にありました。

ほとんど知る人がない不動尊に、頼まれたわけでもなく、知られる事も無く、ただただ使命感から、お礼のお参りを続けてきたマサエさん。

マサエさんがお参り出来なくなった時、そのお参りを助ける人が現れたのも、マサエさんの姿があったからだこそと思います。

学ぶこと、感じること、本当に多くあった参詣でした。

この参詣は毎年、11月28日に行なわれています。

七尾城山を守る会にお申込み頂くと参加できます。