第70回 七尾市 湊町(二丁目西部)
在所名の由来
湊町は一丁目、二丁目の東部、西部と三つの町会に分かれているんだけど、町名の由来は、ずばり七尾の港の中心だったからだと思うよ。明治時代に七尾県から石川県に移ったときに湊町一丁目、二丁目となっていて、戦時中に二丁目が東部と西部に分かれたようなんだ。
昔と今
昔は桟橋があって、回船問屋も数件あって賑やかだったと聞いているよ。私が子どもの頃、崎山方面へ向かう焼玉エンジンのバスの始発が湊町でね、クランクを回してエンジンをかけていた光景を覚えているよ。昔は八十世帯あり、小学生も二十人以上いたけど、今は高齢化率四十三%で小学生も三人だよ。二〇四〇年問題で人口が減って、町会運営も益々難しくなることを思うと、今はまだ良いと思わないとならないね。ここは海抜が低いので満潮時に大雨が降れば水が海に流れないので水浸しになって苦労しているよ。市は地域で出来る事は地域でということで、支え合いマップを作成して町会で支え合う体制を作っているけど、老人同士で助け合う時代になっているね。まずは向い三軒両隣仲良く支え合うことからだよ。
在所の自慢
何と言っても祇園祭りだよ。京都八坂神社の流れを汲んでいて東の奉燈祭りとも呼ばれ十一町会が参加する夏祭りだよ。昭和三十六年に二間半の奉燈を作ったけど、翌年にはそれを売って更に大きいものを作ったんだよ。若い衆に勢いがあったね。食祭市場に置いてあるのがその奉燈だよ。平成三年に現在の高さ四間、朱色の奉燈を作って、ユッサ、ユッサと揺れる姿に町民は誇りを感じて毎年楽しみにしているよ。