こみみかわら版バックナンバー

はい!社長です-呑み食い処こばやん


呑み食い処こばやん 小林 知沙都(こばやし ちさと)さん 27才

京都の居酒屋で働いている時、 ある人と出会って、地元の人にもっと美味しいものを知ってほしいと思い、自分で飲食店を始めて6年目になります。 お陰さまで4店舗を経営しています。

コロナ禍で耐えるしかない時期ですが、「楽しい!美味しい!また来たい!」と思ってもらえるお店づくりをしています。

地元を活性化する為に若い力で頑張ります。 まだまだやりたい事が沢山です!

住 所:和倉町ヨー5番地7
お電話:090-2836-5872


七尾高校 外国語研究部


語学だけではなく、文化や歴史・世界の現状など様々な分野について探究しています。

知りたい事・実践したい事など学年を問わず意見を出し合い、一から皆で計画を立て進めています。

大会に向けて英語の発音や表現力を向上させ、異文化への関心知識を深めていて、英語の文章力が身に付き英会話を楽しめるようになりました。


顧問:三山 梓先生

部長:上坂 美和さん


第63回 「輝け!郷土の星」英語スピーチの酒本諒矢くん(七尾高校1年)


第16回石川県高文連英語スピーチコンテストで1位

8月22日に開催された県内高校1年生の英語スピーチ大会。過去15回大会までの常勝は金沢地区の高校で七尾高校は4位入賞が1回。そんな大会で見事に1位に輝いた諒矢くん。

県内から24名が参加、3分間から5分間の持ち時間でスピーチする。単に英語で上手に話すだけでは入賞は出来ない。テーマ、文脈、表現力、発音、メッセージ力、全てが評価される。みんな上手だ、なんとか入賞できればと思っていたが、思いもよらず1位になり嬉しかった。

コンテストを通して人に自分が心から思っている意見を英語で伝える楽しさが身に染みてわかったと言う。

ジェンダー

宝達中学から七尾高校文系フロンティアコースに進学。空手と柔道が初段の諒矢くん、部活動を選ぶ時に武道を極めようか、外国語研究部にするか迷ったが、新たな発見をしたいと外国語研究部に決めた。

英語は小4から中3まで公文式で習っていたので下地はあった。中学生の時はALT(生きた英語を教える外国人助手)の先生に積極的に話しかけ会話を楽しんでいた。

そんな諒矢くんが選んだテーマはジェンダー(性的平等)だ。学校の特別授業でSDGs(エス・ディー・ジーズ/持続可能な開発目標)について調べた時、ジェンダー平等の現実があることを知った。クラスで金沢大学の教授から性的平等について深堀りした内容を聞いた。ジェンダー、言葉としては知っていたが、中身は過酷だった。この事実を英語で伝えたいと思った。

伝える喜び

日本語で要約した文章を作る。英語に置き換え自分なりにチェックをした上で、4人の英語の先生に添削してもらい表現をブラッシュアップさせた。

暗記だけでは単語を並べただけのスピーチでしかない。これでは伝わらない。自分の心底の思いを伝えるため夏休み中も登校し、毎日一時間、スピーチを先生に聞いてもらった。隙間時間が出来ればスピーチし、数えきれない程の練習を重ねた。

先生から身振り手振りを加え体全体で表現するようアドバイスを受ける。お風呂でも鏡を見ながら自分を客観的に見て練習を繰り返した。そうして取り組んでいったら、自分自身が自分のスピーチに対して気持ちが乗るという感覚を掴んだ。感情を伝えるための身振り手振りが文脈にセットされると、身振り手振りの後追いで文章がスラスラついてくるのだと言う。頭で言葉や単語を思い出すのでなく、頭より先に自然と言葉が出てくる域に達したのだった。

大会での5分間、性的平等とは何か?女性の社会への躍進や地位を守るという意味合いで使われているが、世界では貧困国ほど凄まじい格差がある。解決するのは私たち世代でもあるが、そもそも何かしらこういう事実があるという事を、何があっても皆さんに知ってほしい!と訴えた。情熱と熱意が全身から溢れ出した気迫あるスピーチだった。

真面目で、負けず嫌いで、努力家の諒矢くん。次のスピーチに向け更なるレベルアップを目指し、新たなチャレンジが始まる。 Have fun!



第198回 七尾市旭町


在所の由来

旭町は池崎と東三階の山林五十町歩を開拓して昭和二十九年にできた町なんだよ。命名の由来は分からないけど、新しい町なので、朝日が昇るように輝かしく、希望に満ちた将来をイメージしてつけたのではないかと思えるね。

昔の在所

昭和十九年、温井の多村重二さんが最初の入植者なんだよ。私の祖父も多村さんに付いて一緒に入植しているのだけど、最初は三世帯で開墾を始めたらしいね。
第二次世界大戦の敗戦で一時中止され、昭和二十一年から再び十七戸が入植して開拓が始まったんだ。

ジャガイモやトマト、スイカなどのいろんな野菜を栽培していたようだね。
私の家は葉タバコの栽培もやっていたけど大変な作業だったよ。種から一本一本の苗を作り、畑に植えて、マルチを張って霜の無い時期にマルチを外すんだ。ただここは霜が強い場所で当時は五月でも霜が降りたからね。葉タバコは熱帯性植物なので霜には弱いからマルチを外しても月が高くて気温が下がってきたら「まずいなぁー」と言って夜中でもマルチを張りに出かけていたよ。
葉タバコはものすごく苦いので畑の中には蛇はいないけど、青虫がつくんだよ。葉のヤニで手は真っ黒になるしね(笑)。

当時は葉タバコを乾燥させるのに専用の土蔵があったんだ。蔵の中に縄を張って葉をいっぱいに吊るして、三日三晩、蔵に泊まり込んで床下で薪を焚くんだ。乾燥した葉を家で選別して矢田新の専売公社の検査場へ持って行くんだけど、一等級、二等級は良い値がつくのだけどなかなか取れないんだよ。
父がコンパクトな電気乾燥機を購入して一年目に病気になってね。それで昭和五十九年を最後に旭町から専業農家がいなくなったんだ。

現在の在所

住んでいる人は全員入植した家の人たちなんだ。昭和四十三年くらいにほとんど勤めに出るようになって、今では自家菜園を楽しんでいる感じだね。開墾した畑の多くに杉を植林してまた山に戻ってしまったよ。

みんなで力を合わせて山を拓いてきた歴史があるから在所ごとはみんな協力的だよ。
今年も神社と集会所の屋根を直したんだ。昭和四十五年五月二十二日に宮が落慶したのでその日が春祭りなんだ。奉燈も二十年くらい前まで曳いていたけど、今は六十代以上の世帯ばかりになって花見と夏まつりで一杯飲むようにしているんだ。

新しい町だけど我々にとってはここが愛すべき故郷なんだよ。

あきこの一言

閑静な通り、手入れされた菜園
穏やかな空気、旭の在所


五本杉(山崎町)


阿良加志比古神社の社殿左側に樹齢900年以上の大きな杉があります。
高さは35mほどあり、地上5mの所から五つの幹に分かれています。

五本杉と呼ばれ七尾市の天然記念物に指定されており、
境内の空気は凛として、まさにパワースポットです。


ケービックス


ケービックス 馬場 俊男(ばんば としお)さん 78才

建具職人をしていましたが、リタイアしてからは和倉温泉で掃除や片付けのパートをしながら、
毎日草むしりや、木の剪定、畑仕事を楽しんでいます。

旅行が好きで家内や友人と年に6回は出かけていましたが、今はコロナ禍で行けないので、
その間にスマホのラインを覚えました。

晩酌で1日の疲れを癒しています。
これからも前を向いて暮らしてしていきたいと思います。

住 所:和倉町タ29−2
お電話:62-4122


FC七尾ウエストの選手たち★


ウエストでいっしょにサッカーをしよう!
随時、選手募集中!

FC七尾ウエスト 代表:小浦 090-3765-8658


田鶴浜ブルーエンジェルス


「学童野球田鶴浜クラブ」を平成31年4月に改名しました。

田鶴浜小学校の2年生から6年生の17名で火・水・木は17時から、土日は午前中練習しています。

勝つ事の喜び・負けた時の悔しさを感じて人間性がきたえられます。 野球を通じて生活態度や礼儀・チームワーク、努力することの大切さを学べるチームづくりをしています。


監 督:田村祐二さん  コーチ:柿島大雅さん・粟津賢栄さん

主 将:山田倖生くん


第197回 田鶴浜西下


在所の由来

江戸時代には下村だったんだ。明治十一年に郡制が施行され行政区画としての鹿島郡が発足した時は今の七尾市も全部鹿島郡なんだよ。そうなると徳田地区の下村と二つの下村が存在するので、明治十七年にこっちの下村を西下村と改称したんだ。

その後明治二十二年に伊久留村、七原村、吉田村、西下村瀬戸村、花見月村の六村が合併して相馬村西下となり、昭和二十九年の町村合併で田鶴浜町西下となって、平成十六年の合併で七尾市西下町となったんだね。

昔の在所

明治二十二年の西下の戸数は三十三軒で、人口は百七十五人と記録されているけど、昔から四十軒ほどの在所なんだ。

二宮川、伊久留川、吉田川が合流して耕作に恵まれ、一軒平均一町歩の田んぼがあって、大正二年に耕地整理組合が結成されているんだよ。

子供の頃は二宮川で小さい子に泳ぎを教えながらみんなで遊んどったね。山の中を走ったり縄跳び、缶蹴りなど子供を集めて、上の子が下の子を親代わりで面倒見ていたんだ。隣在所が七尾市の満仁で、そこの子供たちと西下の岩武(いわたけ)神社でソフトボール試合で張り合っていたよ。

どの家も山と田んぼがあるので長男は大学行かないで家を守って百姓をしろという風潮だったけど、勤めるより田んぼの方が良かった時代もあったんだね。嫁に出すのも田んぼのない所にはやれないなんて言っていたなぁ(笑)

小さな在所だけど山や田んぼで財力があったせいか自尊心が高い人も多くて大きな声に流されることはなく、様々な意見を時間をかけてまとめていたみたいだよ。

現在の在所

岩武神社の御祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)で熱田神宮から勧請したもので由緒があるんだよ。昔は活気があって獅子舞や奉燈も出していたけど、七年前から参拝だけの祭りになってしまったんだ。この前神社の草刈りをやったけど集まったのは六人だよ。若い人が帰ってこないから高齢化が一挙に進んだ感じだね。

私は大阪の会社に勤め全国を回ったけど、退職し戻って改めて故郷は安らぎのある良い所だと実感しているんだ。なにより昔からの仲間が財産だね。そんな仲間と五年先、十年先を見据えて地元愛をどう育んでいくか話し合っているところだよ。

あきこの一言

里に流れる大きな川、
大きな家並み、趣きある在所


はい!社長です-わかさ経営会計 若狹泰英税理士事務所


わかさ経営会計 若狹泰英税理士事務所 若狹 泰英(わかさ やすひで)さん 54才 A型


税理士業に従事し32年、社長になって10年が経ちました。

この激変消滅の時代を乗り越えるには新たな視点で先を見据えた戦略を立て、そして目の前の一つ一つを見直して、スピード感を持って確実に成し遂げていくことが大切だと思います。

今仕事を続けられることに感謝を忘れず、安心され、信頼され、喜ばれる仕事をモットーにお客様や地域に貢献できればと思っています。


住 所:塗師町37番地
お電話:52-3548


第62回 「輝け!郷土の星」なぎなたの 袋井 莉子さん (鵬学園3年)


石川県高校総体「なぎなた」で個人優勝!インターハイ出場!

新しい事にチャレンジしたい!
部活紹介で見た先輩の袴姿がかっこよく、入部を決意した莉子さん。
最初は「本当に出来るかなぁー」と不安もあったが、やってみると意外と楽しく、
早く先輩のように活躍したいと稽古に励みました。

1年生春の総体、秋の新人戦は共に1回戦敗退。
2年生ではコロナ禍で正式大会がなく代替試合で初めて勝利します。
しかし遠征ができず、試合もないので成長の手ごたえがつかめません。
そんな1年間、自他ともに認める負けず嫌いの莉子さんは、
「先輩のように強くなりたい」「絶対に負けたくない」と黙々と稽古を積んできました。

そして今年6月の石川県高校総体で見事に結果を出し、団体戦準優勝、
試合競技で優勝、演技競技で準優勝。三種目でインターハイ出場を決めました。

堅忍不抜

日本古来の武道である薙刀ですが、平成9年から「なぎなた」として高校総体の正式種目になりました。
試合競技では2m20㎝のなぎなたを構え、間合いを取り、切っ先を合わせ一瞬にして、面、小手、胴、臑(すね)を打ち合います。

演技競技は2人1組で技である「しかけ、応じ」の型を披露し2人の息の合い方、正確性を競います。
今年の鵬学園は層が厚く、莉子さんと共に試合競技で島悠華さんが準優勝、豆田愛奈さんが3位と上位を独占しました。
演技競技でも佐伯知咲・袋井莉子組が準優勝、山本留衣・川尻チハル組が3位入賞です。

過去インターハイ個人準優勝者2名を出しているなぎなた部。
指導は顧問の田中千秋先生を始め、東部中なぎなた部で顧問をしていた山崎登志美先生の胸も借ります。
2人は平成3年石川国体で県代表選手として団体優勝しています。

また社会人になった先輩も稽古に顔を出してくれ環境に恵まれています。
毎日3時間程の稽古を通して、人としての道、礼儀礼節も躾けられます。
卒業生は身に付いた礼儀や気配りが社会の中で自然に出来ていることを実感するといい、田中先生は学校生活もキリッとしてきて、人生の財産を培っていると話します。

そして鵬のなぎなた部は頑張れば全国の舞台に立つことができるので、人の出来ない経験をさせてあげたい。
そのために部訓の「堅忍不抜」、苦しい時も心を強く持て!と指導します。


主将として

莉子さんは先頭に立って全国で勝ち上がる目標を掲げ、何事も率先垂範で行動します。
時に強く、厳しい物言いもしますが、「勝ち上がった喜びを分かち合いたい!」という
莉子さんの思いを、全員が受け止めているのでチームは団結しています。

莉子さんは絶対に負けたくないという気概で、足の親指の爪が剥がれても絆創膏を巻いて稽古を続けます。
そんな姿に田中先生も莉子さんのリーダシップを高く評価し、チームに欠かせない存在だと認めます。

この夏のインターハイでは、個人戦予選リーグを突破し、べスト16という結果を残しました。

莉子さんの将来の夢は保育士です。子供が好きなこともありますが、誰かの役に立ちたいと志を立てたのです。

なぎなたで鍛えた堅忍不抜の精神で更なる飛躍を期待します。


霧谷の池(細口)


徳田段丘の中央部に位置し貝殻層の割目から湧き出る泉水で
細口交差点近くにあり、夏冬を通して水温は15度です。

ホタルも繁殖する綺麗な水質でかつては酒造り用の水として用いられました。

地区の人たちが掃除をして管理する憩いの池です。
昔は有名でしたが今は知る人も少なくなりました。


七尾市役所 総務部 総務課


七尾市役所 総務部 総務課 山城 翔太(やましろ しょうた)さん 37才 O型

昔から、多くの人と接する仕事に就きたいという思いがあり、市役所に就職しました。
今年で10年目となります。

沖縄県から七尾市に移り住み、最初の頃は不安な気持ちでいっぱいでした。
けれども、職場や市民の皆さんの温かい心に触れ、不安はすぐに無くなりました。

皆さんへの感謝の気持ちを忘れず心を込めて頑張ります!
食べ物もおいしく、七尾市に住めて良かったです。

住 所:袖ケ江町イ部25番地
お電話:53-1111


第61回 「輝け!郷土の星」陸上の 井上 朋哉くん(中能登中学3年)


石川県中学校陸上競技大会1500m・3000mで大会新記録

2021年6月、石川県陸上競技場で開催された中学校陸上競技大会で1500m4分4秒53、
3000m8分47秒15と2種目を大会新記録で優勝し、全中標準記録を突破した朋哉くん。

駅伝で名門の中能登中学校陸上長距離部のキャプテンだ。
小学4年生の時、友達に誘われ鹿島アスリートクラブで走る楽しさを知る。

中学に入学し迷わず陸上部へ。すぐ頭角を現し1年生ながら駅伝メンバーに抜擢され3区を走る。
その年、中能登中学は県大会で優勝、全国大会に出場。
2年生の昨年はコロナ禍で各大会が中止される中、県中学通信陸上大会で3000m9分07秒で優勝し、
着実に実力をつけてきた。

中能登中学陸上長距離部

長距離部13名、指導は守山コーチ。
平日は各自が作った練習メニューでグランドを8kmから10km走る。
日曜祝日は七尾陸上競技場に出向きレース感覚をイメージし練習する。

1年生は先輩やコーチから練習メニューの指導を受けるが、2年生からは自分でメニューを考える。
自分で考えるから手を抜くことも出来るが、手を抜けば手を抜いた分だけ記録が伸びない。
自覚しているので、手を抜く部員は一人もいない。
上位6人だけが駅伝に出場できる、部員は仲間でもありライバルなのだ。守

山コーチは細かな事は言わないが、フォームの指導を徹底する。
練習では走り方を見て腕の上げ方など細やかな指導が入る。
試合でよかったところは評価し、次に繋ぐ。任せて任さずの指導方針に、部員のモチベーションは高い。

朋哉くんもキャプテンとして、準備体操では大きな声で皆をリードし、1年生への助言は
守山流を見習い、良かったところは「良かったね」と評価し、気づいたことは声掛けをする。


全日本中学校陸上競技選手権大会

記録が伸びず辛い時期もあった。
いつか必ず出せると諦めずに頑張っていたが昨年は大会が無かった。
中学生最後の今年、大会があることが嬉しい。だからこそ一つでも記録を残しておきたいと決意する。

8月に茨木県で開催される全中陸上、1500mと3000mの出場権を手に入れた朋哉くんだが、
結果を出すために得意とする3000m一本に絞ってエントリーすることにした。

目標を聞くと、すかさず「優勝を狙います!」と力強く答えてくれた。
それでも全国トップクラスとはまだ15秒ほどの差がある。
大丈夫なのか…?その差は、と問い直す。
「今から頑張って記録を伸ばします!」その自信に満ちた言葉に少し驚き、そして頼もしく感じ、
朋哉くんなら本当にやれるのではないかと思った。

秋の駅伝、来春の高校進学、やらなければならないことが続く。
しかし、今は全中陸上のことだけ考え集中する。家族の応援も有難く思う。
父はベストが出せなくても、その時出せる力を出してくれば良いと言い、
母は栄養面を考えた食事を作ってくれる。
親として期待はしているが、過干渉にならず、プレッシャーを感じないように配慮している。

良き指導者と家庭環境に恵まれた朋哉くん。
将来の事はまだ何も考えていないが、陸上に打ち込んだことで、
何事も自分で自分の限界を作らないことを学んだ。

限界突破を信条として、今を精一杯頑張っている。


第196回 七尾市細口


在所名の由来

本当のところはよく分からないんだよ。
江戸時代に細口村があったのは確かだけど、八幡から分村したとも聞いているんだ。
白馬に抜ける道の入り口があって細い道だったというから細口と呼ばれていたのかもしれんね。

昔の在所

能登中央自動車学校の場所を源田山というけど、昭和五十二年、敷地造成中に弥
生時代の遺跡や中世の館が発掘されているんだよ。古くから人が住んでいたんだね。

そこに霧谷の池があって水が湧き出ているんだ。長い徳田段丘の中で水が湧くのはここだけでね。
台地に上がる道は一カ所だけ、近くに鷹合川が流れ子供のころにはアユやウナギを捕って遊んだけど、
昔から人が暮らすのには持って来いの環境だったと思うね。
能登で一番最初に稲作が定着した場所だと言われているんだ。

在所の始まりは七軒だったと伝わっているよ。
一集落一門徒のような在所でほとんどが相生町の西休寺門徒だから古くからの家が多い在所だね。

こんこんと湧く霧谷の池でトマトやキュウリを洗って食べたけど、
水が良いので昔は池付近に清姫、鹿渡、山王の蔵元が酒を造っていたよ。

現在の在所

鷹合川改修の一次計画がようやく終わりが見えたよ。
細口交差点付近によく水が付いたけど平成七年に話があって二十五年以上の歳月が流れているんだ。

町内行事は祭りと慰安会だけど、獅子舞も親御さんが協力的なので有難いよ。
一人暮らしの家も多くこの先の高齢化が心配だね。
自助、共助と言っても若い人がいないとね。正直将来の町会が成立するのか心配するよ。
七尾市も合併してから二万人も減っているので七尾、能登全体で何とかしていかないと
在所の問題で片付けられないよ。

県道2号線(西往来)と県道七尾鳥屋線(のと蘭の国沿い)が通るので沿線に企業も多く
尽力頂いているけど、やはり働く場所、住む場所が無いと若い人も出て行くばかりだよ。

一次産業は各地域で、二次、三次産業は七尾で担うとか、山を造成して安い住宅地を作るとか、
いろんなプランを考えて何とかして、能登、七尾が浮上させないとね。

あきこの一言

時代が大きく変わる今、先を見据える。
ピンチはチャンス、七尾は宝の山。


明治橋


明治18年、大津の入江に白浜と塩津から海に突出した道路をつけ、
その中央に長さ45m幅4mの木造の明治橋が架けられた。

防潮桶門建設のため橋は取壊され、昭和48年樋門の横にコンクリートの新しい明治橋が作られた。
その横に平成14年架橋の平成橋が並ぶ。


七尾看護専門学校 看護科2年


七尾看護専門学校 看護科2年 橘 拓朗(たちばな たくろう)さん 20才 A型

地元で看護師として働き、能登の医療に貢献したいと考えています。

七尾看護専門学校には幅広い年齢層の学生が在籍しており、一緒に学校生活を
過ごす中で生まれる価値観の違いが学びに大きく影響し、刺激を受けています。

看護師になるまでの道のりは楽しいことばかりではありませんが、
患者とそのご家族に信頼される看護師を目指し、仲間たちと日々切磋琢磨しています!

住 所:なぎの浦156番地
お電話:52-9988


はい!社長です-アズブルー・エピ


アズブルー・エピ 宮下 智美(みやした ともみ)さん 41才

美容師は子供のころから憧れていました。

今、二児の母ですが、子供たちも自分の夢に向かって成長していけるよう、
私自身が頑張る姿を見せなければと思います。

9年目に突入し、心機一転パトリア3階へ移転オープンすることにしました。
お客様の「あったらいいな」の声から脱毛も始めます。

働けるのも家族のお蔭と感謝しています。
店名は子供の名前にちなんで付けました。

住 所:七尾駅前 パトリア3階
お電話:53-2098