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第62回 「輝け!郷土の星」なぎなたの 袋井 莉子さん (鵬学園3年)


石川県高校総体「なぎなた」で個人優勝!インターハイ出場!

新しい事にチャレンジしたい!
部活紹介で見た先輩の袴姿がかっこよく、入部を決意した莉子さん。
最初は「本当に出来るかなぁー」と不安もあったが、やってみると意外と楽しく、
早く先輩のように活躍したいと稽古に励みました。

1年生春の総体、秋の新人戦は共に1回戦敗退。
2年生ではコロナ禍で正式大会がなく代替試合で初めて勝利します。
しかし遠征ができず、試合もないので成長の手ごたえがつかめません。
そんな1年間、自他ともに認める負けず嫌いの莉子さんは、
「先輩のように強くなりたい」「絶対に負けたくない」と黙々と稽古を積んできました。

そして今年6月の石川県高校総体で見事に結果を出し、団体戦準優勝、
試合競技で優勝、演技競技で準優勝。三種目でインターハイ出場を決めました。

堅忍不抜

日本古来の武道である薙刀ですが、平成9年から「なぎなた」として高校総体の正式種目になりました。
試合競技では2m20㎝のなぎなたを構え、間合いを取り、切っ先を合わせ一瞬にして、面、小手、胴、臑(すね)を打ち合います。

演技競技は2人1組で技である「しかけ、応じ」の型を披露し2人の息の合い方、正確性を競います。
今年の鵬学園は層が厚く、莉子さんと共に試合競技で島悠華さんが準優勝、豆田愛奈さんが3位と上位を独占しました。
演技競技でも佐伯知咲・袋井莉子組が準優勝、山本留衣・川尻チハル組が3位入賞です。

過去インターハイ個人準優勝者2名を出しているなぎなた部。
指導は顧問の田中千秋先生を始め、東部中なぎなた部で顧問をしていた山崎登志美先生の胸も借ります。
2人は平成3年石川国体で県代表選手として団体優勝しています。

また社会人になった先輩も稽古に顔を出してくれ環境に恵まれています。
毎日3時間程の稽古を通して、人としての道、礼儀礼節も躾けられます。
卒業生は身に付いた礼儀や気配りが社会の中で自然に出来ていることを実感するといい、田中先生は学校生活もキリッとしてきて、人生の財産を培っていると話します。

そして鵬のなぎなた部は頑張れば全国の舞台に立つことができるので、人の出来ない経験をさせてあげたい。
そのために部訓の「堅忍不抜」、苦しい時も心を強く持て!と指導します。


主将として

莉子さんは先頭に立って全国で勝ち上がる目標を掲げ、何事も率先垂範で行動します。
時に強く、厳しい物言いもしますが、「勝ち上がった喜びを分かち合いたい!」という
莉子さんの思いを、全員が受け止めているのでチームは団結しています。

莉子さんは絶対に負けたくないという気概で、足の親指の爪が剥がれても絆創膏を巻いて稽古を続けます。
そんな姿に田中先生も莉子さんのリーダシップを高く評価し、チームに欠かせない存在だと認めます。

この夏のインターハイでは、個人戦予選リーグを突破し、べスト16という結果を残しました。

莉子さんの将来の夢は保育士です。子供が好きなこともありますが、誰かの役に立ちたいと志を立てたのです。

なぎなたで鍛えた堅忍不抜の精神で更なる飛躍を期待します。


第61回 「輝け!郷土の星」陸上の 井上 朋哉くん(中能登中学3年)


石川県中学校陸上競技大会1500m・3000mで大会新記録

2021年6月、石川県陸上競技場で開催された中学校陸上競技大会で1500m4分4秒53、
3000m8分47秒15と2種目を大会新記録で優勝し、全中標準記録を突破した朋哉くん。

駅伝で名門の中能登中学校陸上長距離部のキャプテンだ。
小学4年生の時、友達に誘われ鹿島アスリートクラブで走る楽しさを知る。

中学に入学し迷わず陸上部へ。すぐ頭角を現し1年生ながら駅伝メンバーに抜擢され3区を走る。
その年、中能登中学は県大会で優勝、全国大会に出場。
2年生の昨年はコロナ禍で各大会が中止される中、県中学通信陸上大会で3000m9分07秒で優勝し、
着実に実力をつけてきた。

中能登中学陸上長距離部

長距離部13名、指導は守山コーチ。
平日は各自が作った練習メニューでグランドを8kmから10km走る。
日曜祝日は七尾陸上競技場に出向きレース感覚をイメージし練習する。

1年生は先輩やコーチから練習メニューの指導を受けるが、2年生からは自分でメニューを考える。
自分で考えるから手を抜くことも出来るが、手を抜けば手を抜いた分だけ記録が伸びない。
自覚しているので、手を抜く部員は一人もいない。
上位6人だけが駅伝に出場できる、部員は仲間でもありライバルなのだ。守

山コーチは細かな事は言わないが、フォームの指導を徹底する。
練習では走り方を見て腕の上げ方など細やかな指導が入る。
試合でよかったところは評価し、次に繋ぐ。任せて任さずの指導方針に、部員のモチベーションは高い。

朋哉くんもキャプテンとして、準備体操では大きな声で皆をリードし、1年生への助言は
守山流を見習い、良かったところは「良かったね」と評価し、気づいたことは声掛けをする。


全日本中学校陸上競技選手権大会

記録が伸びず辛い時期もあった。
いつか必ず出せると諦めずに頑張っていたが昨年は大会が無かった。
中学生最後の今年、大会があることが嬉しい。だからこそ一つでも記録を残しておきたいと決意する。

8月に茨木県で開催される全中陸上、1500mと3000mの出場権を手に入れた朋哉くんだが、
結果を出すために得意とする3000m一本に絞ってエントリーすることにした。

目標を聞くと、すかさず「優勝を狙います!」と力強く答えてくれた。
それでも全国トップクラスとはまだ15秒ほどの差がある。
大丈夫なのか…?その差は、と問い直す。
「今から頑張って記録を伸ばします!」その自信に満ちた言葉に少し驚き、そして頼もしく感じ、
朋哉くんなら本当にやれるのではないかと思った。

秋の駅伝、来春の高校進学、やらなければならないことが続く。
しかし、今は全中陸上のことだけ考え集中する。家族の応援も有難く思う。
父はベストが出せなくても、その時出せる力を出してくれば良いと言い、
母は栄養面を考えた食事を作ってくれる。
親として期待はしているが、過干渉にならず、プレッシャーを感じないように配慮している。

良き指導者と家庭環境に恵まれた朋哉くん。
将来の事はまだ何も考えていないが、陸上に打ち込んだことで、
何事も自分で自分の限界を作らないことを学んだ。

限界突破を信条として、今を精一杯頑張っている。


第60回 「輝け!郷土の星」天文観測の 荒邦 早紀さん、小倉 千愛さん (七尾高校3年)


グローバルサイエンティストアワード「夢の翼」で優秀賞!

七尾高校SSC(スーパー・サイエンス・クラブ)天文班が昨年11月に
鹿児島県で開催された国際科学コンテストで見事、優秀賞に輝きました。

このコンテストは物理・化学・生物・地学・数学などの分野で「気になる点」や
「面白そうだ」と感じたことを、調べ研究してきた成果を発表するもので、
世界で活躍する科学者の卵たちを応援する大会です。

天文部の5名が部長の早紀さん中心に「日中における天体観測の可能性」をテーマに
した研究成果を発表しました。
天体観測とは星そのものを観測することですが、星は夜に見えるもの。

そんなある日、日中の月を観測していたら、偶然にも星が見え驚いた早紀さん。
お昼でも見える星があるんだ! 不思議だなぁ、見える星と見えない星。
この差は何なんだ? 早紀さんの疑問から始まった研究だったが、高校の天文部として
日中でも観測出来れば活動の幅が広がり、さらには天文部のある全国の高校と観測結果を共有し、
解析できれば面白いのではと部員の思いが募っていった。

日中の天体観測

雲がある空を見上げ着目したのは、星の明るさ(等級)と太陽との離隔だった。
明るくても太陽の近くの星は見えにくい。
どの星が見え、どの星が見えないのか出来るだけ多くの事象を得ることにした。

1年生の時の顧問だった福岡先生(七高OB・現在二水高校教頭)に連絡してアドバイスをもらった。
望遠鏡制御ソフトを使いCCDカメラの映像をコンピュータの画面で確認しながら、
シャッター速度を変化させて撮影を行い、もっとも見えやすい条件を探った。

また望遠鏡のフードを長くすることで、大気中の散乱光の影響を減少させられないかと
対物レンズ側に筒状にした黒画用紙を接続し、フードの長さを変化させ画像の鮮明度を探った。

ディスプレイ上に肉眼で確認できた68の天体について、それぞれの等級と太陽との離隔のグラフを作成。
その結果、離隔40度以上で4等級より明るい天体が昼に観測出来る事が分かった。

顧問の中村先生が論文作成を指導し、一連の研究成果をまとめ上げた。
調べてみると「昼の天体が見えるか」についての論文は過去に無かった。



星を見る

小学生の時から星を見ることが好きだった早紀さん。
星の成り立ちに興味を持つようになり、羽咋中学から天文部のある七尾高校に進学を決めた。

星を見ていると自分がすごく小さく思えるという。悩み事があると星を見る。
壮大な宇宙の中のチッポケな自分。小さなことに捉われている自分に気づく。

羽咋小からの同級生で同期の千愛(ちえ)さんは部長を支える良きパートナーだ。
小さい時から気心が知れた二人が協力し後輩をリードした。

天体ドームでの体験は日常と違う世界が広がりパラレルワールドのよう。
夜しか見えない星、昼は光り輝かないけれど、でも星はずっとそこにある。 と話す千愛さん。

日々の忙しさの中で、本当は有るものを無いと思い、無いものを有ると思って、彷徨って生きていないだろうか。
天体観測する郷土の星、真理を探究しているように見えた。



第59回 「輝け!郷土の星」陸上の 野崎 健太朗くん (七尾中学3年)


1500mジュニアオリンピック出場・石川県中学校駅伝優勝!

第81回石川県陸上選手権1500m、4分6秒46の記録を出しジュニアオリンピックに出場した健太朗くん。約7万人を収容する国内最大級の日産スタジアムに全国から集った42名と競った。予選を4分5秒93で通過。決勝戦、163㎝、49㎏の体格は16名の中では小柄だ。

スタート! 一斉に飛び出す。さすがにレベルが高く1000m付近で最下位に落ちる。負けられない! 渾身の力で5人を抜いた。自己ベストの4分4秒15で11位だった。

小さい時から走ることが大好きで、小3の時に七尾市陸上大会100mで石崎小の同級生に負けたことが悔しくて城山アスリートクラブへ通い始める。小6で走り幅跳び県2位、1000mも県新記録で優勝。七尾中学校に入学すると迷わず陸上部へ入部。走り幅跳びをしたかったが、山口監督と出会いで長距離が面白くなった。中1で4分14秒、中2で4分9秒と順調に記録を伸ばしたが、腰を疲労骨折するアクシデントに見舞われる。勝つことだけを意識し、タイムにこだわり、限界まで追い込んで練習をしていたのだった。

そんな時、都道府県駅伝の石川県代表に選ばれ2区3kmを任された。石川チームの合宿で旭化成の山本修二選手に練習を続けていくために何が大切か質問したところ、「深く考えないで中学生の時はもっと楽しんだらいいよ」とアドバイスを受けた。

中3、コロナ禍で大会の中止が相次ぎ、初のレースが石川県選手権。 走れる喜びを噛みしめ、とにかく楽しもうと走ったら結果が付いてきた。

石川県中学校駅伝大会

令和2年度の駅伝大会、優勝は男女共に七尾中学、準優勝は中能登中学だった。

レースは1区白井新大が46校中5位でタスキを渡す、豊島楓也が区間記録2位のタイムで順位を2位に上げる。3区新野琉壱も区間2位、4区川上宇宙は区間3位で野崎健太朗へ。 この時トップとの差は1分19秒。健太朗、区間1位で走り35秒差まで詰めるも順位は2位のままだ。

前回大会優勝の中能登中学もさすがに強く1区酒井崇史が3位、2区井上朋哉、3区伊駒快介、4区岡本碧斗がそれぞれ区間1位で走り独走している。5区吉田光希も区間2位でトップをキープ。勝負は最終6区だ。七尾は津田万里、中能登は島田凌。ゴールまでもつれたが津田が区間1位の走りを見せ1秒差で接戦を制した。前回大会は3秒差で中能登中学に負けている。今度は負けられない!と練習に励んだ七尾中学だった。

駅伝は団体競技なので心が一つにならないと記録がでない。 気持ちを合わせるため練習内容や、気になった事、良くない所を毎週全員で話し合った。駅伝にミーティングを入れたらとアドバイスをしたのは田鶴浜中学から長野県の佐久長聖高校に進み全国高校駅伝でアンカーを走り優勝し、現在も城西大学駅伝部で活躍する、山本嵐選手だ。

山口監督に大きな大会に連れていかれ、色々な人たちと話す機会が増えた。OBに支えられ、家族中に応援してもらい、一人ではここまで来れないと改めて気づき感謝する。将来は山本嵐先輩のように都大路で優勝し、大学では箱根も走りたいと思う。

しかし、それも通過点であり社会人になったらオリンピックが目標だと言い切る健太朗くん。気迫が漲る! やるからには負けられない!




第57回 「輝け!郷土の星」100mハードルの 星場 麗羽さん (鵬学園2年)


第62回(令和2年9月)石川県高等学校新人陸上で優勝

100mH(ハードル)14秒07、大会タイ記録で優勝した麗羽(うるは)さん。400mHも制し2冠に輝いた。小4で陸上を始め6年生の時80mHで石川県2位になった。中3で全日本中学陸上選手権に出場。陸上を続けるために鵬学園に進学した。

陸上を始める動機は明確だった。両親が陸上選手だった。二人の姉も遊学館高校で駅伝部と陸上部に所属。航空石川で2018年春の甲子園選抜メンバーの兄も小学生の時にハードルで全国大会に出場しているスポーツ一家なのだ。

そんな家族の影響を受けてきた麗羽さんだが高校進学時に陸上を続けるか迷った。それは中三の北信越大会、全国大会で記録が伸びず限界を感じ迷いが生じたからだ。しかし、やっぱりあきらめたくないと鵬学園に決めた。

昨年の北信越新人大会で6位入賞。そして今回の記録は全国ランキング10位と実力をつけてきた。

鵬学園陸上部

今年の鵬は凄い。先の県新人大会での優勝は、男子400mの三柳と砲丸投げの青木、女子は100mの蔵谷、400mの宮川、3000mの示野、そして100mHと400mHの星場、400mリレーも優勝し、トラック優勝、総合でも星稜に次いで2位と大健闘だ。

優勝は逃したものの3種目で2位、2種目で3位、その他入賞者は12名。いつの間にか強豪校になっていた。 秘訣を島元コーチに尋ねると、どこの強豪校でも共通する特徴は後輩が先輩を真似る事だと言う。そんな縦の流れがちょっと出てきたことと、部活動だけでなく、私生活を含め学校生活をしっかりすることが大切だと言う。

先の全日本陸上選手権走高跳で4位入賞を果たした3年生の亀田実咲さんにも聞くと、どの種目も志を持った実力ある部員が揃ってきたので練習でも本番並みの競争心で切磋琢磨していると言い、麗羽さんも、男女関係なく仲が良いので気づいたことはお互いに注意したりアドバイスしたりすることが出来ていると言う。

個人競技の陸上だが、礼儀礼節を重んじ、やる気、本気度の高い素直な部員が揃うとチーム競技のような一体感が現れるのだ。



コロナ禍の中で

コロナの影響で部活動が活動禁止になった。自主練習するにしても競技場も使用禁止になった。この時期にどんな練習が出来るのか。100mHは滞空時間短縮の技術を磨くこと、400mHは後半の体力維持が課題だった。同じハードルでも走る感覚が全然違う。

練習できない不安を打ち消そうと自宅でも自主練習を続けた。父がパイプを使って作った練習用のハードルを家の前に並べ反復練習で動きを確認した。母はバランスの良い食事を考えてくれジョキングにも付き添ってくれた。

中学時代は同じ練習メニューの繰り返しだったが、今は島元コーチの指導で個別メニューであっても、毎日着眼点を変えて質の高い練習を意識するようになった。記録を出すための節制と練習は辛いが我慢も大事だと心得る。

両親、先生、陸上部の仲間、恵まれた環境に感謝し、来年のインターハイで上位入賞を目指す。



第56回 「輝け!郷土の星」硬式野球の竹内駿介くん(能登香島中学3年)


第48回日本リトルシニア日本選手権大会出場

リトルシニア、中学生の硬式野球チームで全国に550チームある。2万人を超える選手が所属し、甲子園出場はもちろん松坂大輔や大谷翔平など多くのプロ選手を輩出している。駿介くんが所属するのは金沢リトルシニアだ。

7月の東海大会で16年ぶりの優勝に輝き全国大会へ出場を決めたが、5試合のうち4試合が1点差でつかんだ勝利だった。その立役者が投打で活躍したエースで3番バッターの駿介くんだ。
172㎝、80㎏の体格から投げる速球は137kmを測定している。

メジャーリーグを目指す

小2から軟式野球を始めた。石崎メッツ(現石崎ヤンキース)に入り、小6の時には七尾市の大会すべてに優勝、県大会もベスト4だった。小5の時から将来の夢はメジャーリーグと決めていた。一歩でもプロに近づきたいと6年生最後の試合を終えたその日に、かぶとやスポーツで硬式ボールを買った。

中学に進学、プロを目指す覚悟で金沢リトルシニアへ入団。練習は土日祝、朝から夕方まで厳しい練習が続く。金沢の球場までの送迎は両親、祖父母が担う。

チームの坂上大介監督は星稜高校出身で星稜高校の林監督とは同級生。県内でも練習は厳しいと評判のチームだ。 部員数は25名と少数だが、本当に強くなりたいと想いを共にする仲間たちだ。 駿介くんに触発された1学年下の弟、双子の大介くんと謙介くんもチームに加わった。

平日は父が作ってくれたバッティング練習場で自主トレを行い、学童野球の石崎ヤンキースへ出向き小学生の指導もする。目指すはオリックスのエース山岡泰輔選手だ。ピンチで動じることなく小柄ながらグッとくるストレート、縦スライダーで打者を翻弄する姿がかっこいいと憧れる。


初志貫徹

志ある球児は甲子園を目指し、次にプロ野球を目指す。そしてアメリカのメジャーリーグへと思いが巡るだろう。

駿介くんは最初から日本より世界で活躍したいと思ったと言う。何となく始めた学童野球だったが、何かが宿ったのかもしれない。だから厳しい練習でも野球が出来る事が楽しくてしょうがない。

気が優しくて繊細な一面もあり、試合では応援に応えなければとプレッシャーがかかる。が、最高のパフォーマンスを発揮できれば御の字だ。何があっても命まで取られないから大丈夫と、プレッシャーまでも楽しみに変えてしまう精神力だ。

いかなる状況においても常にポジティブに立ち向かい、苦労が大きいほど喜びも大きく、その瞬間を生きていることを実感すると言う。中学生離れした精神とパワーを備えた駿介くんに驚かされ、そして期待が膨らむ。
初志貫徹!メジャーリーグを目指して頑張ってもらいたい。



第55回 「輝け!郷土の星」硬式テニスの前田ミチルさん(七尾中学3年)


全日本ジュニアテニス選手権2019石川県大会(U-14)で優勝

北信越大会でも3位入賞のミチルさん、小学生の時には日本プロテニス協会主催のニュージェネレーションテニス北信越地区予選で1年から6年まで最優秀選手賞に輝き、その全国大会でも3年連続優秀選手賞に輝いた逸材です。

お母さんが高岡市立中学で外部講師として、またスポーツクラブでソフトテニスのインストラクターをしていたことから物心がついた時には小さなラケットとボールを持たされ遊んだことがテニスの始まりです。

プロ選手を目指しテニス漬けの生活を続けて来ましたが2018年に転機が訪れます。元プロテニスプレイヤーの花井俊一郎さんが七尾を拠点に硬式テニスの普及を始めた事を知り、プロになる夢を実現させたいと覚悟を決め家族でお母さんの実家へ引っ越しました。

どん底を味わう

しかし七尾で辛い経験をします。中学生になりより厳しい練習を課して頑張っていたのですが体調を崩してしまいまた。友達と遊ぶこともなく全てを犠牲にして打ち込んでいたため心と体にゆとりがなくなっていたのです。

今まで一度も弱音を吐いたことがないミチルさんでしたが、この時ばかりはラケットを持つ気力さえ失い、好きなテニスが出来なくなりどん底に落ちました。そんなミチルさんを花井コーチがサポートをして見守ってくれたのです。

花井コーチは父親の仕事の関係で中1からオランダに渡り、そこでジュニア全国大会ベスト8に入りオランダ代表の強化選手に選ばれました。高2の夏に帰国、さぁこれからという時に首の大怪我をしてテニスが出来なくなり夢が打ち砕かれたのです。その後大学時代に出会った小浦猛志先生のコーチングで自信を取り戻すことができたと言います。

自らがどん底から這い上がった経験を活かしミチルさんにテニスを通じて自立して自信を持ち人間性を高める指導を行います。ミチルさんはまだ体調は万全でないけれど絵を描いたり、読書をしたり、詩を書いたりとテニス以外のことにも取り組む事でいろんな世界観が広がり、言葉に出せないほどの苦しさに涙したことで、当たり前のことが当たり前に出来ることの有難さを実感していますと話してくれました。



パピヨン

この4月に花井さんによる硬式テニススクール「パピヨン」が開校しました。
テニスはフランスで生まれたスポーツですがパピヨンとはフランス語で蝶です。蝶が花の蜜(指導)を吸って自分の好きな所に自由に飛んでいく思いが込められています。

小6の妹、恵椛(けいか)さんもU-12で県体優勝、北信越3位の実力でお姉さんに追いつきプロを目指したいと頑張っています。

ミチルさんは県の「子どもの夢実現サポート事業」にみんなで力を合わせゼロから手作りのテニスコートを作りたいと応募し見事に採択され、メンバーと保護者、鵬学園テニス部の協力も得て大きなプロジェクトがスタートしました。

地元から硬式テニスでインターハイ優勝を目標に一歩一歩プロを目指したいと話すミチルさん。
将来がとても楽しみです。



第54回 「輝け!郷土の星」ミニバスケットの 岩下 大翔くん (中島小6年)


第27回石川県ミニバスケットボール選抜大会優勝

今年は県内でも地元七尾の3チーム、中島男子ミニバスクラブ、田鶴浜ヒート、七尾ブルドックの下馬評が高く、どのチームが優勝してもおかしくない状況の中、トーナメントの組み合わせで地元勢が片寄ってしまい試合が始まります。

中島男子ミニバスクラブの1回戦は田鶴浜ヒート、35対28で勝利します。
2回戦は七尾ブルドックに35対31と接戦を制し、
決勝戦では千代野に39対34で競り勝ち見事に優勝を果たしました。

キャプテンの大翔くんは小学1年生からミニバスを始めました。低学年の時は楽しく面白いと思っていましたが、学年が上がるにつれだんだんと練習が厳しくなります。そしてキャプテンに選ばれると、一番の怒られ役となり辛いと感じる事もありましたが、全国大会出場を目標にリーダーとして全体を引っ張ってきました。

大会では仲間を信じていたので自信があったと言います。努力の甲斐あって県体優勝し全国大会出場を決めましたが、新型コロナウイルスの影響で東京代々木体育館での大会が中止となりました。

大翔くんは残念ですがこんなことはめったにないことなので、特別な年であったということを記憶に留めて中学でも頑張っていくと前向きに話してくれました。

中島男子ミニバスケットボールクラブ

中島町は中学、高校、一般と伝統を誇ってきたバスケットボールの地です。そこにミニバスが発足したのは47年前、現在は宮本一正監督ほか10名のコーチ陣が男子30名、女子21名を指導します。

月水金は中島体育館で午後6時半から8時半まで練習し、土日は練習試合や各種大会に参加します。保護者も練習の送り迎え、試合でのドリンク準備など裏方で支え、冬はインフルエンザ、夏は熱中症対策などに配慮します。また遠征や大会に出かけるときは交通事故のリスクを減らすため現在は各自で現地に向かいます。

宮本監督は少子化が進む田舎の小さな学校ではスポーツで結果を出す事が難しいが、だからこそ「やれば出来る」ということを子供たちに教えたいと言います。そのために自らもルールが変更した時などはいち早く勉強します。そして苦しくても最後まで諦めない底力をつけるため、子供たちには保護者の前であっても厳しい熱血指導を行います。
これは、監督、コーチ、保護者、子供たちが互いに信頼し結束している証です。



キャプテンとして

中島ミニバスクラブのキャプテンは投票で決まります。164cm、42kgの大翔くん、フォワード、センター、ガードのポジションで活躍し、学校でも常に積極的なことから、人望を集めキャプテンに選ばれました。

選ばれるとリーダーとして監督、コーチから期待され、より厳しい指導が入ります。自分がどんなに辛い時でもみんなを助けてあげなければと、副キャプテンの加賀喜智くんと共に積極的に声掛けをしてチームを盛り上げます。

将来はプロ選手として活躍したいと目標を持つ大翔くんは、バスケットボールを通じ、男として逞しく成長していく、そんなオーラがすでに漂っている頼もしい少年でした。



次も頑張るぞぉ〜!!


第53回 「輝け!郷土の星」相撲の 久木 愛心さん (中島小6年)


第22回全日本小学生女子相撲大会準優勝

女も相撲取れらんけ? 相撲大会で女の子が相撲を取っているのを見た愛心さん、女子選手が優勝トロフィーを手にするのを見て私もあんなトロフィーが欲しいとお母さんに告げました。

愛心さんは男二人、女二人の四人兄弟の末っ子です。お父さんの義雄さんはかつて石川県代表の国体選手で旧中島相撲教室の監督をし、現在も能登島相撲教室でコーチをしています。すぐ上の兄も相撲をしていたので小学校2年生から相撲を始めた愛心さん。

昨年の第41回石川県少年相撲選手権大会女子5・6年の部で優勝し、全国大会で準優勝を果たしました。

七尾能登島相撲クラブ

月水金と能登香島中学の相撲場で行う稽古は男女混合で同じ内容です。四股を踏み、すり足を行い、ぶつかり稽古では男子にぶつかっていきます。

辛いと思ったことなかった?と質問すると、愛心さんは、「めっちゃ、あった!」と大きな声で答えてくれました。低学年の時は、指導されると怒られたと思いよく泣いたそうです。お父さんにやめたいと言うと、やめたければやめればと言われましたが、他の女の子が頑張っているので自分だけやめることはできないと続けてきました。

一生懸命に稽古に励んできた愛心さん、今では154センチ、57キロと体も大きくなり実力もついてきました。大きな大会で男の子に勝った時は会場の歓声も凄くとても嬉しい気持ちになりました。

七尾能登島相撲クラブは現在小中学生16名が稽古に励んでいます。その内4名が女の子です。新崎総監督は相撲を通じて強い体を作り、社会に出て通じる礼儀礼節を覚え、学校でもハキハキ大きな声で返事が出来ることを念頭に指導を行っています。



貫禄が出てきました

相撲を取る娘

今春から中学生になる愛心さんですが、女の子の相撲は稽古が辛いだけではありません。高学年になり心身ともに成長しくると、男女混合の相撲はお父さんに言えない悩みも出て来ます。そんな時はお母さんが相談に乗ってくれます。また中学校で相撲を続けられるか悩みました。部活動のスポーツと二股かけて耐えられるのか。どちらも中途半端になって悲しい思いをするのではないか。今、愛心さんは自分の心に正直に進もうとスポーツは相撲一本に決め、中学では文芸部に入る予定です。

相撲の稽古で体力が付き走るのも速くなった愛心さんは七尾市の水泳や陸上の大会にも学校代表として出場します。お母さんは擦り傷は当り前の稽古から帰ってくる愛心さんに、お風呂を沸かし食欲がない時はあっさりメニューで、寒い時は温かい食事を準備します。
お父さんからもっとアドバイスをもらいたいと思う愛心さんですが、お父さんは勝負にこだわった物言いではなく、楽しんでやってくれた方が良いと期待をしながらも温かく見守ります。

最後に愛心さんが、「支えてくれてありがとう!」と言いました。思わぬ言葉に押し出されたお父さんとお母さんは、とても嬉しそうでした。



群上大会 石川県代表
前列3人がクラブ所属


第52回 「輝け!郷土の星」駅伝の 垣田 愛さん (七尾中学3年)


第27回全国中学校駅伝女子準優勝

前回3位の七尾中女子駅伝チーム、次は優勝をと期待された中で1年間練習に励んできた。結果は42分8秒、25秒差での準優勝だった。

滋賀県希望が丘文化公園には各県代表校ののぼり旗が並び太鼓が響き声援がこだまする。エースが横一線に並びスタートする注目の1区はキャプテンの垣田愛さん、先頭集団を走り4位でたすきを渡す。
2区は妹の垣田奏さんが頑張り2位に浮上。
3区は新野莉璃さんが粘り3位でつなぐ。
4区は津田千空さん区間賞で3位をキープ。
アンカー示野悠奈さんデッドヒートを制し順位を上げゴール。
全員が区間10位以内で走り底力を発揮した。しかしメンバーに笑顔が無く涙した。

日本一しか見ていなかったので2位の瞬間は悔しかったですが、地元に帰ると多くの人が笑顔で迎えてくれ、沢山の「おめでとう!」を言ってもらい改めて全国2位の凄さを実感できました。今は嬉しさも感じています。と愛さん。

ワンテームに

春夏のトラックシーズンは各自の種目で大会に臨み、10月から駅伝チームとして練習が始まる。前年のメンバーが3人残っていたが、挑戦者という気持ちでスタートしたのだがチームはバラバラだった。

山口監督はチームの一体感を求めた。この状態で駅伝まで引きずることは出来ない。愛さんは合宿で全員に紙を配り、お互いに気にかかることを書いてもらった。それを集め張り詰めた空気の中で読んだ。「自分が走れないからと泣くのはやめて」「調子が悪いからと暗くなるのはよくないよね」「練習始まる前から今日の練習キツクないなどネガティブな発言はやめよう」愛さんにはキャプテンとして「もっと厳しく注意して」など意見が出された。

愛さんはその後何度もミーティングを行ないチーム作りに頑張った。シーズンに入るとチームは夏とはまったく違うムードになり、県大会、北信越大会と優勝、全国2位となった。そしてキャプテンとなってメンタルも成長した愛さんです。



先頭集団を走る

田鶴浜スポーツクラブ

七尾中陸上部の中長距離選手は田鶴浜スポーツクラブの山口監督から指導を受け練習をしています。

山口監督は全国大会優勝をと言うが大変な事だと思う。プレッシャーの中で1年間モチベーションを維持して厳しい練習を頑張ってきたことは偉いと思うとメンバーを称えます。

また愛さんは口に出さずに一人コツコツと練習コースの芝を刈り、穴があいていたら埋め、グランドをならしている監督の後姿を見て感謝しかないと言います。
そして保護者をはじめ地域全体でチームを支え応援をする田鶴浜の地域力があってこそ駅伝の名門チームが育ってきたのです。

そんな温かな環境の中で育った愛さんですが、今春は高校進学です。学業も優秀で金沢の強豪高からスカウトもされました。しかし愛さんは地元の皆さんがこんなに応援して喜んでくれる、そんな地元をもっともっと盛り上げていけたらとの思いで、考えに考えた末に卒業する3年生メンバー3人と共に鵬学園に受験することに決めました。

次の目標は地元高校から冬の都大路を走ることを狙いますと愛さん。中学生とは思えないほど、とても、とても頼もしく感じました。



かわいくて、速い!


第51回 「輝け!郷土の星」サッカーの 島田 凌くん (鵬学園3年)


第98回全国高校サッカー選手権大会出場!

鵬学園サッカー部、強豪星稜高校を破り3年ぶり2回目の全国大会出場。
各地から選手が集まり現在部員は80名を超える。ベンチ入りする20名の中で七尾出身は島田凌くん1人だ。副キャプテンでポジションはミッドフィルダー。攻守の要としてチームを支えている。

県大会では小松高校に13―0、
石川高専に3―1、
準々決勝の金沢高校とは0-0でPK戦となり7-6で競り勝ち、
準決勝の遊学館とは2-2のPK戦で10-9と接戦を制した。
星稜との決勝は延長戦の末に2-1で勝利した。

PK戦は緊張するが、絶対に勝つと精神統一、ボールを蹴るペナルティーマークから7歩下がって、深呼吸を3回、コースを決めて狙う。絶対に決めるという自信があった。そして合宿で鍛えてきた最後まで走りきる力。この粘り強さこそが他校に優り今大会の勝因だったと話す凌くん。

サッカー少年

天神山小3年の時に七尾サッカー少年団に入った。七尾東部中学時代はセブン能登に所属し活躍。中3の時、高校県大会決勝を応援に行った。鵬学園初優勝を目の当たりにし感激したが、全国大会では初戦敗退。よし!鵬に進学してリベンジを果たそう!と決意して迷わず鵬学園に入学。しかし1年の県大会で初戦敗退、2年の大会では2回戦敗退だった。

練習の厳しさよりチームが結果を出せないことが辛い。小中では中心選手としてプレーしてきたが、高校で応援する側になったとき初めてメンバー外の気持ちが分かった。そして一生懸命応援するが、心のどこかで出場できない悔しさがあった。

凌くんがレギュラーに起用されたのは2年の新人大会からだ。残り1年、午後4時半から6時半まで、学校のグランド、和倉サッカー場、能登島サッカー場と赤地監督の指導のもと時間を惜しんでチーム一丸となって練習に励んだ。



赤地監督を胴上げ!!

鵬学園サッカー部

3年生がチームに足りないものは何かを考えスローガンにする。課題を明確にしチームで取り組む。各地から集まる部員はサッカーへの情熱はあるが個性も強く時にバラバラになる。凌くん自身も小中では目立ちたいとスタンドプレーをした。

今年のスローガンは「団結力と戦う姿勢を勝つ力に変える!」だ。実は凌くん、高2の終わりにある出来事で1週間の練習禁止処分を受けた。モヤモヤする気分で嫌気が差した時、中1の時に亡くなった父の事を思い出す。父は凌くんがサッカーをしている姿を何より楽しみにしてビデオに撮っていた。その父がこんな姿を喜ぶはずがないと心を入れ替え、自分の事よりチームのために行動しようと決めた。

部では、礼義礼節、感謝の気持ちを持つ、戦う集団になる、と社会に通ずる人間形成の目標を掲げている。掃除も勉強も当たり前の事を当たり前にやり、人のやりたがらない事を率先師範した。

遊学館との準決勝、思いがけずロングシュートが決まった。やるべき事をやっているとこうなるのか…。心底サッカーをやっていて良かったと感じた瞬間だった。努力したら報われ、人間性も養われるんです。とスポーツの素晴らしさを語る凌くん。 稀に見る好青年だ。



1月2日京都橘戦 頑張るぞー!


第50回 「輝け!郷土の星」柔道の 水道 啓人くん (天神山小5年)


全国準優勝!

第16回全国小学生学年別柔道大会に出場した天神山小学校の水道啓人くん、見事に準優勝しました!この大会は各県で優勝した選手しか出場できません。
5年生と6年生の男女2階級あり石川県からも毎年男女8名の選手が出場していますが、1回戦突破が難しい大会です。

啓人くんは七尾幼稚園の時から体が大きく何かスポーツをということで2才上の兄と柔道を習い始めました。現在は中能登柔道教室で週3回の稽古を続けています。石川県大会では小1から負け知らずで優勝を続けてきた啓人くん。早く5年生になって全国大会へ出場したいとこの日を待ち続けて来ました。

初陣の全国大会

身長155cm、体重100kgの啓人くん、立派な体格です。しかし会場は全国大会、雰囲気が違います。

緊張の面持ちで1回戦に臨みます。相手は優勝候補の一人、千葉県の久保選手です。得意の払巻込で技ありを2回、合わせ一本で勝利しました。最初の難敵を倒したことで気持ちに少しゆとりがでました。
2回戦の相手は佐賀県の福田選手です。小外掛、払巻込で合わせ一本。
3回戦高知県の山中選手には後袈裟固で一本、
4回戦宮城県の太田選手とは3分間の激闘の末に判定勝ち、
5回戦いよいよ準決勝です。大阪府の松林選手に払巻込で技ありを取り、そのあと押さえ込んで袈裟固に入り10秒で合わせ一本。

さぁ、ついに決勝戦!相手は兵庫県の吉田征矢選手です。体重70kgの試合巧者で優勝候補です。実はこの顔合わせ初めてではありません。過去6回対戦してきました。しかし一度も勝った事のない相手なのです。いよいよ試合が始まり両親をはじめ50名以上の応援団も固唾を呑んで見守ります。啓人くんが引き手とつり手を取って組もうとしますが、吉田選手は大人びた試合運びで組ませてくれません。そうこうしている内に啓人くんに指導が入ります。

3分間の戦いは指導ひとつ受けた啓人くんの判定負けです。投げられたのなら諦めもつきますが、悔やんでも、悔やんでも、悔やみ切れない決勝戦となりました。試合が終わり控えに戻った啓人くん、柔道で初めての悔し涙を流しました。



日々精進!!

オリンピックを目指す

悔しかった!と一言、来年は絶対に優勝すると啓人くん、夢はオリンピックと歯切れが良い。憧れは金メダリストの井上康生日本代表監督と全日本優勝の原沢久喜選手だ。

練習は辛いと思ったことはない。と言うが、合宿での朝練習のランニングだけが苦手ですと笑う。今までは勝つ事でモチベーションを維持してきたが、今回負けたことで更なるモチベーションアップになったようだ。今回の戦績により12月と来年2月の日本柔道連盟による小学生の全国強化選手合宿に招聘されている。

強さだけでなく、礼儀礼節を教え一人前の社会人となることを目指す中能登柔道教室。北野監督はまだ小学生なので今は正統な柔道を学ぶことが選手として息が長くなると先を見据える。素質はあるので中高で体力と精神がどう成長するか努力次第だと期待を寄せる。大きなお茶碗で朝晩3杯のご飯を食べる啓人くん。大きく、大きく、羽ばたいてほしい!



監督・コーチのおかげです!


第49回 「輝け!郷土の星」三段跳の 花島 育斗さん (七尾高校3年)


県体優勝・沖縄インターハイ出場

ホップ!ステップ!ジャン~プ!
小学校、中学校、高校と跳び続け、インターハイ予選の北信越大会で14m18の自己ベストで6位入賞を果たし目標にしてきたインターハイ出場を決めた育斗くんです。

小4で陸上を始め6年生のときには80mハードル石川県代表で全国大会へ出場したことが陸上を続けるキッカケになりました。志賀中学時代はハードルで県体入賞できず幅跳で4位入賞。心がモヤモヤします。もう少し上を目指したいと迷わず陸上の環境が整っている七尾高校に進学しました。

三段跳

高1の県総体12m80でデビューし、秋の新人戦では13m52で優勝、続く北信越大会で4位となり順調な滑り出しでした。しかしこの時期に疲労骨折します。

三段跳は助走でかなりのスピードで走りその勢いでホップ、ステップとジャンプします。体にかかる衝撃は想像以上です。そのため普段の練習も走りが中心で跳ぶのは週に1回か2回です。陸上は冬季にどれだけ練習したかで春の記録が決まりますが、育斗くんは治療のため冬場の練習が出来ませんでした。2年生の総体では13m01と8位です。骨は治っているのですが実力が戻りません。不安ともどかしさの中で県新人戦3位となり、北信越では13m32を跳び回復を実感。この冬を練習さえできれば来年は絶対にいけるという手応えを感じます。

冬場の練習は怪我をしないように補強をメインのメニューを組みました。育斗くんは自分で練習メニューを考え練習も一人で行ないます。それは大学でも三段跳を続けていくつもりなので自分で理論を勉強し自分で試し三段跳を探求するためです。そんな志を監督の中西先生も認めて育斗くんの自主的練習を見守っています。



怪我を乗り越え

自己ベストでインターハイ

3年生となったこの春、石川県総体では三段跳13m90の自己ベストで優勝、走幅跳も6m66と僅差で2位でした。北信越大会では三段跳に賭けますが出場者ランキングは10位、インターハイ出場は6位入賞までです。

大会は雰囲気も違い気持ちが上がり楽しいと言う育斗くん、少しは緊張したものの北信越大会に照準を合わせてやってきて体調も良いので記録がでるという確信があったと言います。会場の長野県松本市の陸上競技場は風速7mの突風が吹いたりやんだりの悪コンデションです。風速5m以上の強風が吹くと追い風でも向かい風のように感じてしまうという三段跳。走りから踏込みの感覚が狂いバランスが崩れます。みんな同じ状況の中で戦うのですが普段の実力が出せない選手も出てきます。

スピード、跳躍力、精神力、その総合力で1cmが勝負の分かれ目になります。前日には女子400mハードルで七高陸上部の吉本陽菜さんがインターハイ出場を決めています。育斗くんはどんなことがあっても絶対にインターハイへ行くのだと強い意思で挑みました。予選1本目で14m02と自己ベストが出ます。続く2本目が14m18と更に自己ベストを更新。この記録が6位入賞となり念願のインターハイ出場が決まりました。

育斗くんの次なる目標は体育教師になって陸上競技の指導者になることです。
人生の明確な目標が、三段跳によって導かれているかのようです。



目標に向かって!


第48回 「輝け!郷土の星」陸上400mハードルの 吉本 陽菜さん (七尾高校3年)


目標はインターハイ

県体会優勝、北信越6位入賞、インターハイ出場を果たした陽菜さん。中能登中学時代に100mH(ハードル)で県4位の実績があり陸上部へ入部。100mHでインターハイ出場を目標に練習を始めます。

高1の新人戦で4位、高2の総体では5位の陽菜さんに中西監督は100mHではインターハイは難しい、400mHなら可能性があると告げます。陽菜さんは今まで続けてきた100mHをどうしても捨てられません。しかしインターハイを目指すなら400mHにチャレンジするしかありません。迷いに迷った末400mHに軸足を移す決意をします。

レースプラン

七高陸上部にはもう一人400mHの選手がいます。林玖瑠美さんです。同期の二人は仲良しでもありライバルでもあります。城山グランドで試合形式での練習はピリピリし本番さながらの緊張感です。

二人で切磋琢磨する練習に結果が現れてきました。高2の新人戦で陽菜さんが2位、玖瑠美さんが7位入賞です。そして今年5月の県選手権大会で高校ランキング1位となった陽菜さん、その後迎えた県高校総体で1位を取らなければとのプレッシャーからなんと予選3位。一方の玖瑠美さんは自己ベストで2位でした。陽菜さんは決勝を前に焦りが頂点に達します。予選のレース後すぐに、本部テントにいる鶴来高校の日野先生の所に行きました。
日野先生はトップアスリートを育ててきた指導者です。今まで何回か練習を見てもらい助言を頂いていたのです。信頼する日野先生から「そこは決断の時やぞ」「迷ったらダメや!」とパシッと一言。

高さ76.2cmのハードルが10台並びその間隔が35m、400mHはスピード、持久力、ハードリング技術はもとより、最大限の力を発揮するためストライド調整や歩数の切り替えなどレースプランが必要です。予選では6台目にリード脚を利き足から逆足に切り替えましたが、一瞬の迷いが生じ減速、自己ベストから2秒のタイムロスが生じたのでした。陽菜さんは決勝30分前まで悩みに悩んで、「今の自分は利き足だけで跳ぶのが一番自信が持てる」と決断します。



みんなキラキラ

結果に因あり

迷いを吹っ切り、切り替えせず利き足だけと決めて臨んだ決勝。結果は見事に優勝、玖瑠美さんも5位入賞、二人で北信越大会へ出場です。

北信越大会では県大会ほどのプレッシャーは無いものの、インターハイへ行ける確信も無かったと言う陽菜さん。予選3位で通過、準決勝は今までに無いくらいピタッと足が合い自己ベストで3位通過。決勝は最後まで競り合い自己ベスト更新で6位入賞、念願のインターハイ出場を決めました。

夏が過ぎた今、思う事は何かと訊ねると、玖瑠美さんの存在が無ければ県体優勝もインターハイ出場も出来なかった。そして自分はやっぱり陸上が大好きで七尾高校の陸上部の中では一番陸上が好きだという自信がありますと笑い、今までに一番嬉しかったのは中学3年の県体4位、それまで県で入賞したことが無かったので4位でも凄く嬉しかったと言う。意外だと思ったが、次の言葉で合点がいった。「自分の中ではあの時が一番頑張っていたのです」 なんと自分に正直な子だと、好感を持って取材を終えた。



文武の七高陸上部


第47回 「輝け!郷土の星」交通安全自転車の 永江 史乃さん (朝日小6年)


石川県大会で優勝

21チームが参加した第51回交通安全子供自転車大会で朝日小学校の永江史乃さん、多村知聡さん、豊島颯斗くん、橋本和香さんのチームが優勝し見事に団体2連覇しました。そして史乃さんも個人優勝を成し遂げ全国大会へ石川県代表として出場しました。

この大会は競技を通じて小学生の自転車事故防止活動の一環として交通安全協会が主催し50年を超える歴史ある大会です。競技は交通規則などの学科問題、交差点の正しい通り方などの安全走行、そしてS字走行やジグザグ走行など技能走行が採点されます。

ディズニーランドへ行けるから

史乃さんは4年生から競技を始めました。キッカケは「県大会で優勝したらディズニーランドへ行けるよ!」と朝日子供自転車クラブへの申込み用紙に書かれていたキャッチフレーズを目にしたからです。競技のことよりディズニーランドへ行きたい!が一番の動機でした(笑)。

実は史乃さん、学校のマラソン大会では最下位、ドッチボールではすぐに当てられてしまう運動が大の苦手の女の子でした。クラブに入るまでは家で本を読んで過ごす事の多かった史乃さんですが、ディズニーに行きたいと積極的に練習を始めました。競技用の自転車はママチャリで4年生の史乃さんの足が床に届きません。まず乗れるようになることからでした。お母さんは史乃さんが小1のとき自転車に乗る練習で補助輪をはずしたとき恐がってなかなか乗れなかったので、どうせすぐに辞めるだろうと思っていたそうです。



団体・個人で優勝!

全国大会個人30位

高階地区は交通安全運動が盛んで、10年ほど前から自転車大会に参加し熱心な指導を行ってきました。そんな環境で史乃さんはメキメキ上達しました。特に技能走行のデコボコ道走行が面白くゲーム感覚で練習が出来たそうです。

4年生で団体5位に入賞したことが自信になり、ますます自転車競技が好きになります。そして5年生で団体優勝し東京ビッグサイトでの全国大会と念願のディズニーへ行く事が出来ました。

6年生となった今年、団体優勝はもちろん、個人優勝も大きな目標になりました。こうなるとゲーム感覚での練習ではありません。「やらなければ!」という強い思いで練習を重ねました。そして迎えた7月の県大会で思わぬアクシデントに見舞われます。前年チャンピオンの朝日小が一番走行です。会場の産業展示館の床がワックスで滑りやすくなっていたのに気がつかず安全走行で転倒したのです。史乃さんは頭が真っ白になり、周りの人たちも「えっ!」と目が点になりました。「優勝を逃す、何とかしなければ…」と焦る史乃さんでしたが、日頃の徹底した練習のおかげで瞬時に体勢を立直しました。減点されましたが得意の学科で満点を取り無事優勝をし、全国大会でも個人188人中30位の成績でした。

運動嫌いでスポーツに縁の無かった史乃さんが、自転車競技で仲間と一つの目標に向って力を合わせたことで、七尾市の若林スポーツ賞を貰いました。「何事も頑張ればやれる」を見せてくれた史乃さんです。



朝日子供自転車クラブ


第46回 「輝け!郷土の星」走高跳の亀田 実咲さん(鵬学園2年)


石川県総体優勝・北信越総体3位入賞

5月の県総体1m66で優勝、6月の北信越総体1m67で3位入賞、インターハイ出場を決めた実咲さん。インターハイでどんなジャンプを見せてくれるのか期待が高まります。

実は実咲さん、宇ノ気中学3年生の時にジュニアオリンピックで1m70を飛んで全国チャンピオンになっている期待の選手です。走高跳を始めたキッカケは中学時代に体力をつけたいと陸上部に入部。
最初は短距離を始めますが、なぜだか「走高跳したいなぁ~」と思いが募ったそうです。

小学生の時から、跳んだりはねたりして、落ち着きの無い子だと言われていたので、跳ぶことが好きだったのかもしれませんね。と可愛く笑う実咲さんですが、話を聞いていくと驚きの事実が…! 父方の祖母、母方の祖母、二人のおばあちゃんが走高跳の選手だったのです。
実咲さんはその事を後になって知ったそうです。こんな偶然があるのかと思いますが、だからこその必然だったのかもしれません。

鵬学園陸上部

進路を星稜高校陸上部と考えていましたが、競技会などで顔を合わせていた1年先輩で羽咋中の麻生京花さんが鵬学園で走高跳をしており、ここは一人一人にしっかり指導してくれるので良いよと誘われ、鵬学園に進学しました。

部員は男子5名、女子8名の少数精鋭の陸上部ですが、今春の県総体では3年生の麻生京花さんが走高跳で3位、宮脇愛果さんも走幅跳で3位、2年生の浜辺ひかりさんが400mで4位と活躍しています。1年生の時は自分の事でいっぱいでしたが、2年生になって後輩に声をかけチーム全体の事を考え、明確な目標も口にできるようになった実咲さん。
島元コーチは身体能力がまだ全体的に低いので、3年間で結果を求めるのでなく、7年スパンでのパフォーマンスに期待したいと話します。



さすが!みんな足が長い!!

走高跳

中1で1m45、中2で1m60、中3で1m70と順調に記録を伸ばしてきましたが、高校に入り自己ベストを更新できていません。走高跳はひじょうに繊細な競技で、スタート位置、歩幅、踏切位置、助走のスピード、リズム、跳ぶフォーム、全てがオリジナルです。
ビデオ撮影して、これで跳べた、これで跳べなかったと原因を探り、自分の型を探りながら確立していきます。今日はこれで良いとイメージしても、高校生の身体は日々成長していくので、そこにまた微妙なズレが生じます。

実咲さんは100mが14秒台から13秒台になり助走も力強くなりましたが、その勢いを跳躍にどう活かすか研究中です。練習は城山グランドで行ないますが、毎日跳ぶと逆にバネが無くなるので大会スケジュールに合わせて週1回から3回と調整しています。

何より跳ぶことが楽しいと思っている実咲さん、今井監督や島元コーチの時に厳しい言葉も総べて自分のために言ってもらっていると素直に受け止めます。走高跳で辛いと思ったことは無いと言い切り、 「1m75、日本一!」 と明確な旗を立て、「大ジャンプします!」 と取材を締めてくれた。あっぱれ!



精鋭!鵬 陸上部


第45回 「輝け!郷土の星」郷土研究部の梅野 乃愛さん(七尾高校3年)


石川県高等学校文化連盟郷土部で優秀賞

「郷土部」聞きなれない言葉ですが、高文連に部会として昭和35年に正式に発足した文化系の部活動です。高校生が郷土の歴史や文化、地域企業とのつながりなどから、自らテーマを設定し研究活動を行ないます。
昨年秋の研究報告会「能登の和菓子」をテーマに研究成果を発表、見事優秀賞に輝いた七尾高校郷土研究部。
7月に佐賀県で開催される全国高等学校総合文化祭に石川県代表で出場します。今回は部長の梅野乃愛さんにお話を伺いました。

陰の部活

乃愛さんが入学した時、部活紹介で当時部長だった後山愛先輩が、ここは学校中から「陰の部活」と揶揄されていて、目立たない存在感の無い部だと説明を受けました。
しかしそのプレゼンがとても上手だったことに惹かれて逆に面白そうと入部しました。先輩の研究は真剣で斬新でした。

新年度に研究テーマを決め、その中に潜む問題を探し出して、高校生なりの提言をすることを目的に活動します。
そのためにテーマについての知識が必要になりますが、先輩はインターネットの百科事典、ウィキぺディアのコピーは絶対ダメ、自分達で文献を探してこいと指導します。
文献を探すため関係者へ電話し聞取りから始まりますが、この時、郷土について知ることの難しさを実感したと振り返る乃愛さんです。



スティーブジョブズになれ!

能登の和菓子

これまでの2年間「おもてなし」に関する研究を行い、能登の旅館でのおもてなしの一つに「お着きのお菓子」があることや、校内アンケートでもおもてなしから連想するものに和菓子という回答があること、そして部員で杉森菓子舗の息子、開くんが何にもわかっていなかったことで(笑)、「能登の和菓子」を研究テーマに決めたと言います。

和菓子は金沢が有名なので加賀から能登に入ったと思いましたが、歴史が古いのはなんと能登だったことに驚きました。諸説はありますが鎌倉時代に能登の地頭、長谷部信連(のぶつら)が源頼朝に大豆飴を贈ったとあり、金沢は前田利家が入府した時に片町で餅菓子店が出来たのが始まりのようです。また洋菓子が普及し和菓子離れが進み能登では和菓子屋さんが減少していることも分かりました。そこで「能登に和菓子屋を残していくための選択」を提言しようと、機械化が進む「みそまんじゅう本舗竹内」と職人の手作業が多い「杉森菓子舗」にインタビューを行ないました。
それぞれに良さがあり判断することは難しかったですが、和菓子の歴史を調べる事で故郷の魅力に気づくことができました。

今後は能登の和菓子の魅力を多くの人に知ってもらうため、歴史やマナーなどを書いた小さなカードを作って和菓子屋さんに置いてもらう予定です。
七尾高校郷土研究部は顧問中山先生の「スティーブジョブズになれ!」を合言葉に、研究成果を総べて頭に叩き込んで資料を一切見ないで発表する姿は審査員からも高く評価されています。 
一見地味、でも、もう陰の部活とは言わせない! 目が輝く、乃愛さんです。



研究発表した6人


第44回 「輝け!郷土の星」ボートの谷一 菜緒さん(七尾高校3年)


石川県高等学校新人大会ボート競技で優勝

昨年、女子シングルスカル(一人両手漕ぎ・1000m)、4分40秒10の記録でついに優勝を成し遂げた菜緒さん。1年生の新人大会はダブルスカルに出場するも最下位、2年生の県総体でシングルスカル3位と徐々に地力をつけてきました。ボートは後向きでオールを漕ぎます。
競技で先頭に立つと他の選手の動きが見えるので心に余裕が生まれますが、最下位だと状況がまったく見えない辛いレース展開になります。

菜緒さんは今大会スタートで遅れを取ってしまいましたが、後半500mを過ぎてから先頭を捉え追い込んでいきました。
固定されたオールで水を掴み、全身の力で一気に加速し、加速しきったらオールを水から上げる一連の動作を繰り返し、体力の限界まで全力で漕ぎ切り津幡高校の原田選手に9秒差をつけての勝利でした。

きっかけ

中島中学3年生の時、父に誘われて海釣りに出かけ漕いだボートが面白かったことがきっかけとなり、ボート部がある七尾高校に進学を決めました。
部活体験では釣り用のボートと違って凄く細いボートにまずビックリします。
オールも長く、水面にも近いので恐さも感じましたが、漕いでみるとやはり楽しかったと言います。

晴れの日は七尾湾にボートを出し1時間半、雨の日は室内でウエイト、サーキット、エルゴメーターでのトレーニングです。
試合は湖水や用水路など水面が穏やかな漕艇競技場で行なわれますが、七尾高校は海での練習を余儀なくされます。波があるとバランスが崩れ思い通りの練習が出来ません。
監督の上田先生はボート競技の経験がありませんが、2級小型船舶の免許を取得し救助船を出して練習を見守ります。
めったに無い七尾湾が静水する日、「人とボートが一体となりリズミカルに水面を進む爽快感は何とも言えないんです」 と笑顔で話す菜緒さんです。



目指すはインターハイ!

七尾高校ボート部

現在、男子10名、女子12名の七尾高校ボート部は、旧制中学校の端艇部にさかのぼり100年以上の歴史を刻みます。
戦後七尾中学が新生七尾高校として発足するや昭和24年に漕艇部として復活し数々の戦績を残し平成に入りインターハイや全国高校選抜で優勝を重ね「ボートの七尾」と定評を得てきました。

昨年もOGで金大生の柿島麗さんが全日本新人選手権のシングルスカルで3位入賞をしています。
今年七尾高校120周年記念としてボート部OBよりシングル1艇と救助艇が寄贈されましたが、先輩から後輩へ物心両面に支援を続けるOBの存在が七高ボート部の伝統を支えます。

現在コーチ不在の中、見よう見まねの練習しか出来ず、技術は下手な方で力任せで漕いでいると自覚する菜緒さんですが、石川選抜に選ばれ強化練習に参加できるので、そこでしっかり学び獲得した技術を後輩に伝えたいと話します。
ボート競技は身長が高く足の長い方が有利です。160cmの菜緒さんは大きい方ではありませんが結果を出して伝統を繋ぎたいと決意します。
6月1日インターハイ予選、期待を背負い、挑む菜緒さんにエールを送ります。


伝統を繋ぐ、ボート部員!


第43回 「輝け!郷土の星」ピアノの三野 さくらさん(鹿西高校1年)


第35回日本ピアノ教育連盟ピアノオーデション全国大会出場

七尾東部中3年生だったさくらさんは北陸地区大会で選ばれ、武蔵野音大シューベルトホールでの全国大会に出場しました。これは能登から初の快挙です。
さくらさんがピアノを始めたのは幼稚園のとき、お母さんが何か習い事をとピアノ教室に連れて行きました。初めて弾けた一曲は「かっこう」でした。
ピアノは家での練習が欠かせません。さくらさんは遊びたいのにめんどうくさいなぁーと思いながらも何となく続けていました。

小学校低学年ではレッスン中によく泣きました。先生の指導が素直に受け止められず、一生懸命やっているのに何で怒られるのか?努力が否定されたと思い悔しかったのです。
それでも2年生の時、コンクールで初めて受賞したことが励みになり、高学年になると意欲が湧きレッスンにも熱が入ります。
風邪をひこうが、何があろうが毎日欠かさず2時間以上の練習を続けました。

師との出会い

さくらさんには二人の先生がいます。地元の石田ゆかり先生と東京からレッスンに来て頂く辻井雅子先生です。辻井先生は七尾市出身で桐朋学園大学音楽学部の講師です。
故郷の子供たちのレベルを上げたいと30年以上も毎月欠かさず指導に来てくれます。

そして17回目となる「石川県NOTOピアノコンクール」を立ち上げ、今年8月に七尾文化ホールで開催されるこのコンクールには全国から参加者が集います。
辻井先生にさくらさんのことを伺うと、「小さい頃はそんなに調子が良い子ではなかったけど、今は十分に期待できるまでに成長し将来が楽しみだ」と評価して頂き、「教育連盟の全国大会に出場することは並大抵なことではないのですよ」と話してくれました。



石田先生、辻井先生と

芸術&スポーツ

同じ曲を基本どおりに弾いても、人によって表現が異なりこれが正解だということはありません。
同じ「ド」でも、柔らかい、硬い、深い、可愛い、など様々な音色があり、自分の個性に合った曲を作り上げます。
さくらさんは作曲家がどういう意図でその曲を作ったのか、その物語性を感じ自分なりにどう奏でるかイメージすると言います。

コンクールでは用意されたピアノを弾きますが、一小節を弾いた瞬間にそのピアノの個性をキャッチし、指のタッチや聞こえ方などを判断し、イメージ通りにピアノを操らなければなりません。
コンクールでは緊張で前のめりにならないよう必ず大きな深呼吸をしてから演奏を始めるのが、さくらさんのルーティンです。
どれだけ練習していても本番で一音の響きにミスを生じることがあります。

さくらさんはフィギュアスケートも華やかに見えるが、本当に地道な練習を繰り返し、練習で飛べた4回転ジャンプも本番で失敗することがあるのと同じように、ピアノも自分との戦いでスポーツのようだと話してくれました。
家族も練習時間を確保するため、生活リズムを工夫して支援を惜しみません。
ピアノを通して人間的にも成長していく、さくらさんです。



緊張のステージ


第42回 「輝け!郷土の星」弓道の播摩 美里さん(鹿西高校2年)


第34回石川県高等学校弓道如月大会団体優勝

2月10日、石川県立武道館、凛とした空気が漂う弓道場。この日は終日気温が上がらず寒さとの戦いでもあった。弓を持つ手もかじかみ最悪のコンデションの中で競技が始まった。
鹿西高校の番が来た。選ばれし女子5名が射場に立ち順番に弓を引く。一人4本の矢を持ち全員で20本の矢を放つ。的に当たったは7本、休憩を挟み2度目の射場に立つ。今度は11本、計40本中18本が的中。気がつけば予選トップにたっている。決勝戦で9本、予選と決勝の計27本は、2位の金沢高校に5本差をつけての優勝だった。

鹿西高校弓道部

実は私補欠だったのです。 「えっ!」 私は驚いて声を上げてしまった。今まで補欠の選手を取材したことなどない…。
団体の場合は代表者を選んでもらい取材を行なっているが、顧問の入口先生は迷わずキャプテンの美里さんを推薦したのだ。とまどいながらも取材を進めていくうちに合点がいった。

試合こそ出場できなかったが、このキャプテンがいたから優勝できたのだ。大会で美里さんは予備の弦と矢を持つ天持を務め射場の後で試合を見守った。的に当たれば 「よし!」 と大きな掛け声をかけ、一人一人の動きを観察し試合の合間にアドバイスをした。 出場できない悔しさがあってもサポート役に徹し、仲間が的に当てたときは本当に嬉しく頑張ってほしいと願ったという。



県代表で中日本大会出場

キャプテンとして

153cmと小柄な美里さんは今大きな壁に当たっている。1年生後半から射法八節の会(かい)が定まらない。会とは弓を押し、弦を引き、矢を放つ直前の構えで、精神力が最も必要とされる瞬間だ。的を前にどれだけ意識して練習しても克服できないという。それが的ではなく巻藁を前にすると出来るのというから不思議だ。
入口先生はどうしたら克服できるのかと何人もの有段者に聞くもその術が見当たらないという。当てたいという心が自分で自分の体を操れなくしているのだ。このように弓道は非常にメンタルな競技である。

美里さんは後輩を指導する立場でありながら結果が出せないことを深刻に悩むという。先輩としての威厳が伴わない中でも1年生には上手になってほしいのでアドバイスもし、練習が緩んでいればキャプテンとして注意もしなければならない。寒い日が続く1月、小さな電気ストーブの前に集まり、しゃがみ込んで暖を取る1年生。 弛んでいる…、 試合を前にしてこれではと部活ミーティングで気を引き締めた。

そこから練習に魂が入り大会2週間前から全員の当たりが安定してきた。その状態で臨んだ如月大会、底冷えの寒さの中で強豪高が振るわない中、鹿西高校は普段の練習通りに弓を引いた。勝因の根っこは美里さんのリーダーシップにあったのだ。 葛藤を胸に収め、終始穏やかに謙虚に
冷静に話すその人柄に真の強さを感じ、私は爽やかな気分となり学校を後にした。



鹿西高校弓道部