こみみかわら版バックナンバー

第29回 「輝け!郷土の星」テコンドーの吉田 理壱くん(小丸山小5年)


全日本で準優勝!


昨年7月東京日野市で開催された全日本ジュニアテコンドー選手権大会30キロ未満の階級で見事準優勝に輝いた理壱くん。テコンドーは空手を源流に韓国で発展した近代武道です。理壱くんがテコンドーを始めたのは小3の時です。5歳から始めている空手がスランプになり、その克服のためにとお父さんが勧めました。石川県ではテコンドーの道場が無く、富山市まで通わなければなりません。お母さんはそんな無理しなくてもと反対したのですが、理壱くんはテコンドーに興味を示し、お父さんと一緒に頑張ると決めたのです。今も富山市まで週1回通って稽古しています。空手も地元七尾の武神政浦道場で週3日の稽古に励んでいます。似て非なる二つの武道の両立は難しく、空手の実力者でもテコンドーに転身して強くなる例は少ないと言いますが、理壱くんはテコンドーと空手を両立させ、空手甲子園と言われるJKJO全日本ジュニア大会にも予選を勝ち抜いて3年連続で出場しています。また昨年10月に横浜で開催された国際武道空手連盟の全国大会で5年生38キロ未満の部で3位入賞も果たしました。


功を奏す


テコンドーには空手と同じようにマッソギ(組手)とトゥル(型)がありますが、足のボクシングと言われるほど、足技でポイントを取る競技です。理壱くんは攻め込まれた時にかわして、ダイナミックな足技で反撃するテコンドーが面白いと言います。お父さんはテコンドーを始めてから空手にも幅が出て、やる気も出てきたと言います。家でも自主的に腹筋や腕立て、蹴りの練習を毎日欠かさず行なっている理壱くんですが、テコンドーとの出会いが功を奏したのでした。



理壱くん(左)
惜しくも準優勝


母の葛藤


今でこそ本人もやる気になって、お父さんと二人三脚で練習に励んでいますが、練習が厳しくやめたいと毎日泣いていた時期があったと言います。そんな時お母さんは、まだ小さくて練習の意味が理解できない理壱くんに、練習を指導するお父さんの思いを伝え、またお父さんには理壱くんの気持ちを読み取り、子供心を伝えて二人の間がギクシャクしないよう取り持っていました。母親として厳しい練習に耐える理壱くんの姿を見てかわいそうになり、テコンドーを続けることが果たして良いのか葛藤したと言います。それで理壱くんにテコンドーをやめる?と聞いたことがありました。理壱くんは少し考えて、「空手でパパと一緒に勝ち取ったトロフィーと同じように、今度はテコンドーでも頑張ってもう1回トロフィーをとってみたい」と答えました。この一言で覚悟を決めた理壱くんは結果を出す為あらゆる努力を惜しみません。勝つために階級を落とし、試合前に減量も経験しました。発育盛りの小学生が食事制限をするのです。理壱くんの枕の下にあったチョコレートの包み紙。結果という目標に向かってストイックなまでに心身の鍛錬を重ねる父と子。それを見守る母。 今でこそ良かったと笑えるが、という母の言葉に、事を成す重みが滲む。



富山の道場で稽古


第28回 「輝け!郷土の星」 弁論の土倉 早貴さん(鹿西高校1年)


全国青年弁論大会で最優秀賞


昨年11月、水戸市で開催された第62回全国青年弁論大会高校生の部で、最優秀賞に輝いた土倉早貴さん。まだ1年生ということで、原稿の完成と全国大会出場を目標に置いていただけに、石川県代表に選ばれての全国デビュー戦で、いきなりの最高賞受賞に本人もビックリ仰天です。弁論を始めるキッカケは田鶴浜中3年生の時でした。生徒会長をしていた早貴さんは、その立場から全能登私の主張発表大会に学校推薦で出場することになります。中学生と高校生が集まる会場で、中学生の多くは私はこう生きたいと自分の主張をするのに対し、高校生の社会性を含んだ弁論に驚いたといいます。しかしそれがキッカケで弁論に興味を持ち、進学した鹿西高校で迷わず弁論部に入部しました。


今日的課題


少人数の弁論部。顧問の岡山先生は入部して間もない早貴さんを、毎年5月に名古屋で開催される伝統の全国高等学校弁論大会に、出場が決まっていた先輩と共に連れて行きました。この大会は弁論のあと質疑がありその受け答えも審査対象です。大学生や一般からの質問に自信を持って聴衆を圧倒するくらいの応答をしないと高得点になりません。それは原稿の中身がどれだけ本物なのかを試されているのです。全国レベルの弁論を聴きモチベーションが一気に高まった一方で、今日的課題を自分の体験や考えで論旨をまとめなければ通用しないことを突きつけられたのでした。弁論大会では論旨60点、表現力40点でフィギュアスケートと同じく複数の審査員に採点されるのです。



石川県代表メンバーと


弁士


原稿が書けない! 何をテーマにすれば? 辛く苦しい日々が続きます。そんな時、家庭の授業で地域のお母さんと赤ちゃんを招いての交流が行われました。大の赤ちゃん好きで、子育ては幸せなこと、と思っていた早貴さんは、一人のお母さんから産後鬱の話しを聞かされ驚きました。どのお母さんも辛いと言っているけど、えぇ~、子育てってどういうことなんけ? と、この親子交流で今日的課題を捉え、原稿の糸口が見えてきたと言います。この授業で意気投合した関軒十萌(かんのきともえ)さんは、早貴さんとこの問題について話をしているうちに、弁論部に興味が湧きマネージャーとして入部。早貴さんの表現をチェックしたり、タイムを計ったり、また二人で論旨を練ったりとサポートを始めます。そうして「孤育てではなく、幸育てしたい」という原稿が出来上がり、県代表として全国の舞台に臨んだのです。早貴さんは、さらに論旨を深めるため、新聞は毎日読むようになり、本屋さんへ足を運び、ネットで関連する話題や情報を収集し、今でも推敲を重ねています。今年8月の全国総文に出場する早貴さんに、将来を尋ねると医療関係へ進み、地域社会で子育て支援の輪を広めたいと話します。表現力豊かな弁論部弁士から女子アナへと進む人も多いという中、世の中の課題を先取り提言し、自らも実践を志す。 
そんな若き弁士の誠が伝わり、 胸が熱くなる!



閑軒マネージャーと


第27回 バドミントンの 福原 輝弥くん(鵬学園2年)


石川県高校新人大会優勝


11月に開催された県新人大会、シングルは出場567名の選手で競われ12試合を勝ち抜き見事優勝した輝弥くん。さらに能登の高校として初の団体優勝も成し遂げました。県内で伝統誇る強豪の金沢市立工業を倒したのです。輝弥くんは6歳から中島バドミントンクラブへ連れていかれラケットを握らされました。現在大学生の姉と兄もこの教室で鍛え県体優勝の経歴があります。そんな環境で輝弥くんもメキメキ腕を上げ、小2で全国大会出場、小5で石川県優勝を始め、中学時代は選抜や県体で何度も優勝し、中3で北信越ベスト8の成績を残しました。


能登に残る


近年能登地区の優秀な中学生の多くは金沢の強豪校へ進学していきます。そんな風潮の中、輝弥くんは違いました。進学を考えた時、金沢の強豪校で強くなるのではなく、自分が生まれ育った地元で頑張り、能登の人間として金沢の強豪校を倒すことが、自分自身がより強く、より成長すると考えたと言います。打倒!金沢市立工業を目標に定めてからの動きは見事でした。田鶴浜中の保科三史郎くんに相談し、二人で中島中の谷口拓大くん、能登中の山本幸太くん、高松中の干場翔也くんと東志音くん、当時の能登の強い選手に連絡を入れ鵬学園に進み金沢勢を倒そうと誘いました。二人の熱意に共感し、全員が能登に残りました。今回の団体優勝はこのメンバーで勝ち取ったのです。為せば成る!と言うものの、2年目で結果を出すには、強い、強い願望と、それ相応の努力があったに違いありません。



最強のメンバー


鵬学園バドミントン部


6月の総体は団体2位、個人3位の成績でした。もう一歩です。そこから新人戦に向けて監督の曽我先生が全部員にハッパをかけ練習密度が濃くなります。平日は3時間から4時間、土日は7時間、休み無しで練習を続けます。キャプテンとなった輝弥くんは勝たなければならない責任を自覚します。まず自分達は強いチームだと全部員に意識付けをし、自信を持つようにしました。練習では率先して大きな声を出し気合を入れます。普段から大きな声を出して練習することで、試合本番でも普通に大きな声を出し、気おくれせず実力を発揮するためです。夏休みには日体大へ出向き強化練習もしてきました。大学生の迫力あるプレーとカッコ良さに益々バドミントンへの情熱が高まった輝弥くんです。曽我先生は痛い所があっても黙って頑張ってしまうほど練習量は一番だし、この半年で体力、精神力が鍛えられて我慢強くなったと言います。そんな輝弥くんのプレースタイルは早く動いて攻撃するというより、ミスを少なくして拾っては返し、拾っては返し、長い試合にして相手のミスを誘います。相手にとっては非常に攻めづらく、いつの間にかに点差がついている感じだと言います。これだけ練習して負けるわけにはいかない!と臨んだ大会で掴み取った優勝。「練習はいつも辛いですが耐えなければ結果を出せないし、結果を出したいから辛くても頑張れるのです!」と輝弥くん。 率直な言葉に力が宿る。 まだまだ楽しみだ!



曽我監督の指導が入る


第26回 「輝け!郷土の星」 柔道の 大塚 遥人くん(中能登中3年)


石川県大会・北信越大会優勝


60キロ級で県大会、北信越大会と優勝し全国大会ではベスト16位、この夏大活躍の遥人くんは柔道大好き少年です。小1のとき兄が通う鳥屋柔道教室へ見学に行き、自分も柔道やりたい!と強い思いに駆られます。4年生の試合中に首を怪我し、しばらくは恐怖で練習が出来なくなりましたが、6年生でキャプテンになり、体も大きくなってきたので勇気をもって柔道に立向いました。中1の県体では団体戦で優勝し全国大会へ行くも1回戦敗退。悔しさをバネに学校の柔道部では文後監督と谷内コーチから、中能登柔道教室で北野監督から指導を受け一生懸命稽古しました。得意は内股ですが、北信越大会では、面白いように技が決まり、内股、大内刈、大外刈、背負投と全て一本勝ちで優勝を決めました。


チームメイト


なんと、今年の県体で中能登中学柔道部は90キロ級で山森晴翔(はると)くん、女子52キロ級で深田涼子さんも優勝しました。山森くんとは小学校からの同級生で共に小1から柔道を始めた仲間です。
山森くんは県体で決勝戦を前に不安で緊張していた自分に、「一緒に優勝するんやからな!」と遥人くんに声をかけてもらい、「よし!」という気持ちになったと言います。仲の良い二人ですが一度だけケンカをしました。取っ組み合いまではしませんでしたが、激しく感情をぶつけ合ったと言います。それは部活での練習方針を巡ってのことです。志を持った二人だからこその真剣にぶつかり合い、そのあとは後腐れなくまた一緒に稽古に励む。そんな二人の清々しい姿から、試合に勝つだけの柔道でなく、心をも鍛える柔の道をすでに歩み始めているのだと感じました。



大塚・山森・谷内・深田


中能登柔道教室


子どもたちが柔道を好きになる、そして社会人になっても今あるのは柔道をやっていたおかげだと実感できる、そんな指導方針の中能登柔道教室です。保護者会も積極的に活動に参加しており、近年は県内外の強豪チームが合宿に訪れるようになりました。多いときは150名以上も集まり、鹿島武道館の柔道場だけでは足りず2階剣道場に畳を敷いて練習することもあります。近くの集会所を借りて宿泊や食事などは保護者会が一丸となって、それも楽しみながらお世話します。北野監督は親が楽しむ姿があってこそ、子どもたちは厳しい稽古に耐えながらも柔道を好きになっていくと言います。谷内コーチは遥人と晴翔、二人のハルトを引き連れ東海大相模高校の越年合宿に参加してきました。人が休んでいる年末年始に井上康生、羽賀龍之介、高藤直寿選手などオリンピックメダリストが揃う稽古場での合宿は大きな刺激となり精神面で大きく成長したようです。遥人くんは寝ても覚めても柔道が頭から離れません。遊びも漫画を読むくらいですが、それも柔道部物語を本に穴があくほど何度も読み返しています。まさに柔道一直線の遥人くんですが、来春は柔道の強豪、津幡高校へ進学し、レギュラーを目指すことが目標です。 
さぁ! これからも遥人と晴翔、ダブルハルトで頑張れ!



練習を見守る保護者会


第25回 「輝け!郷土の星」 バスケットボールの 小林 きららさん(七尾中3年)


石川県大会・北信越大会優勝


今年、御祓中、朝日中、田鶴浜中が併合し誕生した七尾中学校の女子バスケットボール部、8月に沖縄で開催された全国大会へ出場しベスト16まで進みました。石川県大会優勝、北信越大会優勝を経ての活躍です。しかし本当はベスト8を目指していたので嬉しさ半分、悔しさ半分だとエースのきあらさんは話してくれました。きあらさんは高校、大学、一般とバスケットを続け、高校時代には石川県の国体選手にも選ばれた父親の姿に憧れていました。それで小丸山小学校2年生からミニバスの七尾ブルドックで練習して来ました。もっとバスケットで強くなりたいと中学へ進む時に、田鶴浜中学の東間先生を慕い越境入学します。先生はきあらさんのセンスを見抜きエースとして育てます。その田鶴浜中学が昨年の石川県大会で初優勝を成し遂げました。東間先生は過去10回も北信越大会へチームを導いた指導者ですが、どうしても全国大会へ進めませんでした。新生七尾中学の監督となって、田鶴浜中学から育ててきたメンバーが主力となり、ついに今年11回目の北信越大会で優勝し全国大会に出場することが出来たのです。


全国大会ベスト16


全国大会では予選リーグで秋田県大曲中学と広島県古田中学に勝利し決勝トーナメントへ進みます。その1回戦で栃木県南陽中学と対戦し45対48で惜しくも破れました。しかしこの1戦は会場を沸かす見ごたえのある試合となりました。相手チームのエースは日本バスケットボール協会の15歳以下の強化選手に選ばれており、163cmのきあらさんより10cmも背が高い選手です。試合はきあらさんの個人技で得点を重ね前半は26対20でリードします。後半は逆転につぐ逆転、一進一退の攻防が続き、両エースのすばらしい活躍で最後まで緊迫した試合だったと言います。



北信越大会にて


師弟子


2年前から中学生の大会はゾーンディフェンスが禁止されマンツーマンが義務付けられました。将来に向け世界に通用する選手を育て、強い日本代表チームを作るためにです。マンツーマンでは一人一人に状況判断力、高い運動能力に強力な突破力が求められます。きあらさんはテクニックに加えこれらの能力を備え、誰もが認めるポイントゲッターです。対戦相手のエースより必ず多く得点すると闘志を燃やしコートに立つことでチームを勝利に導きます。どんなに厳しい練習でも泣を見せないきあらさんが、この試合の休憩時に涙しました。試合ではいろんな場面が展開するので的確に状況判断し、戦略を立てチームで課題解決しなければなりません。この時は何も出来ずにいる自分への悔し涙だったのです。
きあらさんは将来指導者として選手を育てたいと話してくれました。
その時、東間先生は頷きながらも、御祓中学出身の坂本美樹選手が実業団のトヨタ紡績で頑張っているし、全日本代表の町田瑠唯選手は162cmと小柄でも頑張っている。と呟きました。 それは高校大学と実力をつけ、
思いきり羽ばたいてみろ! きあら! と言ったように聞こえました。



七尾中バスケットボール部


第23回 「輝け!郷土の星」ボクシングの 山本 愛翔くん(天神山小6年)


東日本チャンピョン


8月13日、大阪府立体育会館で開催された日本ボクシング連盟主催の全日本アンダージュニアボクシング王座決定戦に小学男子38キロ級の東日本代表として出場した愛翔くん。この大会は東京オリンピックに向けた強化事業でもあり、全国各地の予選を勝ち抜いた小中学生が日本一をかけて闘いました。決定戦の相手は地元大阪の西生野小の選手で、愛翔くんより10cmも背が高いアウトボクサーです。141cmと小柄な愛翔くんは相手の懐に飛び込むファイタータイプのボクサーです。相手の声援しか聞こえないリングで果敢に攻め込みましたが、残念ながら判定で敗れ日本ランキング2位となりました。


魂に導かれ


テレビでのボクシング観戦が好きだったわけでもなく、親が勧めたわけでもないのに、なぜだか小さい頃からボクシングがしたいと思っていた愛翔くんです。七尾ではボクシングを習う環境が無いので、代わりに空手を習う事にしました。極真空手の流れを組むフルコンタクト空手七尾市武神政浦道場に小1で入門し稽古を続けていたのですが、4年生の時、学校での2分の1成人式の参観日、愛翔くんは、将来の夢「ボクシング世界一」と書き、僕はボクシングで頑張るので、お父さん、お母さんサポート宜しくお願いします!と発表しました。参観していたお母さんはビックリしました。父親に相談したところ本人が選び進みたい道ならば、その気持ちに添うのが親の役目だとボクシングを習わせる事にしました。空手を続けながら羽咋ボクシングクラブに通い始めます。空手でも全国大会に出場し活躍していましたが、二兎追うものは一兎も得ず、と小5の6月からはボクシングに専念する事にしました。現在は学校が終わってから月、木は羽咋のボクシングクラブで、その他は金沢のカシミボクシングジムに通って、縄跳び、サンドバック、ミット、シャドー、スパーリング、腹筋など毎日2時間の練習を行っています。



気迫のリング


目指すは!


普段は友達とゲームをしたり、バスケットを楽しんだり、ユーチューブを見て楽しむ小学生です。しかし一旦リングに上がると気が荒いファイターに変身し、相手をガンガンと倒しに行くスタイルのボクシングをします。ボクシングに賭ける熱い想いは愛翔くんの言葉の端々から伝わってきます。将来の目標を質問すると「プロになって、世界一になることです!」と力強く答えました。更に「テレビに出ている世界王者の井上尚弥選手を超える強いボクサーになることが目標です」と具体的で大きな目標があることに驚きました。魂に導かれ、始めたボクシング、毎日遠方のジムへの送迎、減量のための食事管理など家族をも巻き込み、ジムの会長からも将来を期待されています。周りをその気にさせるエネルギーは愛翔くんの世界一という強い願望の賜物です。何事も成功の秘訣は情熱・熱意・願望を強く持つことだと言われますが、今まさに成功への道を歩み出している愛翔くんです。
強い信念を持ち続け、目指せ! 絶対に世界一を!!



カシミジムの仲間と!


第22回 「輝け!郷土の星」 陸上400mの 野田 大河くん(七尾高校3年)


北信越大会優勝


今年6月の北信越高校総体陸上競技400mを47秒50で走り見事優勝した大河くん。この記録は全国ランキング7位で、今月29日に山形県で行われるインターハイで入賞を目指します。実は5月の石川県高校総体では2位でした。これは直前の全国合宿で怪我をして調整不足で臨んだ結果です。今年この種目は石川県勢が強く、北信越大会で1位七尾高校の大河君、2位は金沢高校の的場君、3位に二水高校の森君と石川県が独占し揃ってインターハイに出場します。このクラスになると0.5秒の範囲で順位が大きく入れ替わり、その時のコンディション、精神力が結果に大きく影響します。


陸上400m競技


御祓中学のサッカー部で活躍した大河君は走ることが大好きで、高校では自分自身の可能性を試したいと陸上部に入部します。1年生の県新人大会で400mに出場し52秒50で4位入賞し、2週間後の北信越新人大会では49秒90で9位でした。この時400mでやっていこうと決意します。大河君のレースは前半じっと我慢して後半で相手の出方を見てスパートをかけラストで差します。昨年はインターハイ、ジュニアユース、国体など大きな大会に出場しますが全て準決勝で敗退。しかしこの経験が自信となり、今年は大きな大会でも緊張せず落ち着いて自分のレース展開をコントロール出来るようになりました。また全国トップクラスの七尾高校に今年着任した中西監督は、限られた時間の中で練習と勉強の成果を少しでも高めるために陸上部に専属トレーナーを置き、部員が心身共にベストな状態になるようきめ細かな体調管理と練習メニューを指導します。大河君も一つ一つの練習がどう走りに結び付くのか、その意味を理解し練習をすることが大切だと話します。レースではラスト100mが一番辛く体が動かなくなります。そんな時、子どもの時から自分がやりたいと言ったことには、全面的にサポートしてくれる家族の声援が聞こえると、ナニクソ! 絶対に負けるかー!という気持ちが湧いてきて最後は気力だけで走ります。走りに迷いが生じた時に愚痴を聞いてくれ、肯定的に共感し後押ししてくれる母の言葉に何度も救われましたと話す大河君から心底家族に感謝していることが伝わって来ます。文武両道の七尾高校、勉強は?との質問に「今は練習に集中し隙間に勉強を入れています」と笑います。7月29日インターハイ初日に予選、準決勝、決勝と1日で3本の過酷なレースになりますが、大河君は入賞と石川県記録を更新することを目標に3本とも全力で走って来ますと力強く宣言しました。練習は厳しいが自分がやりたい事をやっているので、とても楽しいと言う大河君の自信に満ち溢れた姿をとても頼もしく感じました。



石川県勢強し!


家族に感謝


七尾高校に今年着任した中西監督は、限られた時間の中で練習と勉強の成果を少しでも高めるために陸上部に専属トレーナーを置き、部員が心身共にベストな状態になるようきめ細かな体調管理と練習メニューを指導します。大河君も一つ一つの練習がどう走りに結び付くのか、その意味を理解し練習をすることが大切だと話します。レースではラスト100mが一番辛く体が動かなくなります。そんな時、子どもの時から自分がやりたいと言ったことには、全面的にサポートしてくれる家族の声援が聞こえると、ナニクソ! 絶対に負けるかー!という気持ちが湧いてきて最後は気力だけで走ります。走りに迷いが生じた時に愚痴を聞いてくれ、肯定的に共感し後押ししてくれる母の言葉に何度も救われましたと話す大河君から心底家族に感謝していることが伝わって来ます。文武両道の七尾高校、勉強は?との質問に「今は練習に集中し隙間に勉強を入れています」と笑います。7月29日インターハイ初日に予選、準決勝、決勝と1日で3本の過酷なレースになりますが、大河君は入賞と石川県記録を更新することを目標に3本とも全力で走って来ますと力強く宣言しました。練習は厳しいが自分がやりたい事をやっているので、とても楽しいと言う大河君の自信に満ち溢れた姿をとても頼もしく感じました。
郷土のみんなで応援しているからインターハイ頑張ってこいよ!
フレー、フレー、 大河!  頑張れ!頑張れ! 大河!



七尾高校 陸上部


第21回 「輝け!郷土の星」 8種競技の 梅林 公紀くん(東雲高校3年)


石川県高校総体の陸上8種競技で優勝


5月に開催された総体で梅林公紀くんが8種競技に出場し総得点5186点で見事優勝しました。北信越大会では5120点で記録が伸びず4位入賞でした。8種競技は3位入賞までがインターハイ出場なのでちょっと残念でしたが、頭を切替え次は400mハードルにチャレンジ、7月の国体県予選に向け練習に励んでいます。とにかく子供の頃から走るのが好きだったという公紀くんは珠洲市立緑丘中学校の出身です。中3の時に100m、200mの石川県中学生チャンピオンでした。公紀くんの才能を見出した当時の東雲高校陸上部顧問だった中西先生がスカウトし8種競技を勧めました。親元を離れ七尾での下宿生活ですが大好きな陸上競技が出来るのと、七尾が都会に思えワクワクし寂しさは感じなかったと言います。


8種競技


1日目に100m、走り幅跳び、砲丸投げ、400m、2日目に110mハードル、やり投げ、走り高跳び、1500m。8種目の記録を伸ばすためには身体能力と物理的思考が必要だと今年4月に着任した陸上部顧問の向田先生が話します。体を動かすのは脳なので理論が理解できなければなりませんが、公紀くんは非常に飲み込みが早く、レベルの高い会話が出来たので驚いたといいます。それもそのはず、公紀くんは研究熱心で1年生のときから理論を調べまくっていたそうです。理論を知らないと何を修正して良いか分からないのでインターネットで各種目の論文を読み、一流選手の動画を見て、更に自分の動きを録画して練習していたと言います。練習メニューも先生と公紀くんが相談して決めます。それは本人が納得してやらないと効果がでないからだと言います。



理論を説明


東雲高校陸上部


公紀くんは、非常に面倒見の良いキャプテンの上田直弥くんと共に後輩の指導も行います。この冬も筋力アップなど体力づくりを中心に練習しましたが、キツイだけでなく楽しみながら練習もしたいと、県外の合宿に参加して学んだゲーム感覚の練習も取り入れました。向田先生は指導方針として、人としての成長、仲間との交流、競技力の向上を掲げています。そして練習が苦しいのは当たり前、その先に見えるものがあるからこそ楽しくもなると部員一人一人の目標を明確にしてチームで共有します。そして競技スポーツはどんな良い記録を出しても満足した瞬間に終わると言います。公紀くんも試合直後にまだいけたなぁー、練習すればもっといけるなぁ!と常に記録を求め続けるメンタルが大切だと話します。出会ってまだ3ヶ月ですが、なぜかもっと長い期間一緒に練習してきたように感じると公紀くんも向田先生も話します。絆とは、期間の長さではなく、志を共有しお互いを信頼した瞬間に生じるのだと二人の姿から教えられました。明るく前向きな公紀くん、そして伝統ある東雲高校陸上部の健闘を祈る!



笑顔が強さの秘訣!


第19回 「輝け!郷土の星」 バドミントンの伊藤 恒哉くん(田鶴浜中2年)


最後の年


田鶴浜中学校、今年59回目の卒業式を終え歴史に幕を下ろします。そんな最後の年だからこそ、「ラストステージに必ず結果を出そう」を合言葉に全部員で頑張ってきました。去る2月12日の石川県中学生選抜バドミントン大会で団体優勝。個人シングルでも恒哉くんが優勝、見事に有終の美を飾ることが出来ました。昨年7月の石川県中学バドミントン大会でも団体優勝、恒哉くんは個人ダブルスで優勝し全中
にも出場しています。


地域の力


顧問の相神先生は、一昨年度は県体に出場出来ず、昨年度はやっと出場するも1回戦敗退、そんなチームがこうして強くなれるのは、地域に支えられているからだと言います。実は田鶴浜中学は平成7年に全国大会で優勝しています。そしてかつての相馬小学校も東日本大会で優勝しており、現在も相馬田鶴浜バドミントンジュニアクラブがその伝統を引継ぎます。中学校の部活も地域の先輩や父兄が指導してくれます。中学に入学した時は小学生7年生みたいな、まだかわいい1年生が、地域の指導者によって心構えから始まり、目標を持って練習に励む中、いつしか逞しく成長していく姿に地域の力を感じるといいます。



田鶴浜中 バドミントン部


期待のホープ


恒哉くんは北國杯でも小4から5連覇を続け、今や石川県では敵なしです。県のバドミントン協会も数年に一人の逸材として大きな期待を寄せています。小1からお兄さんが通うジュニアクラブへ連れて行かれ、バドミントンの面白さにのめり込みます。練習で辛いと感じたことがないという恒哉くんは、常に目的を持って練習に臨みます。試合で上手くいかなかった所の克服に向けて、何度も何度も徹底して練習します。そしてそれがクリア出来たら次の課題を見つけ、また何度も何度も徹底して練習を行います。そうして、ひとつ、ひとつ、目の前の課題を確実に解決させながら実力をつけて来ました。今までに一番嬉しかったことは団体戦で優勝した時だと言います。個人優勝よりも団体優勝が嬉しかったという恒哉くんは「みんなで勝って気持ちが一つになれることが嬉しいんです」と話してくれました。実は小学生から注目を集めていた恒哉くんには、バドミントンの名門、金沢市の高岡中学へ進む道もありました。しかし今まで一緒に頑張ってきた仲間と共に中学でも一緒に頑張りたいと田鶴浜中学に進みました。そんな仲間思いの優しい心根の恒哉くんですが、コートに立ち一旦スイッチが入ると負けず嫌いが出て練習でも勝負にこだわり真剣に戦います。一つのことに真剣に取組み結果を出す。それが自信となって放たれるスマッシュはかなりの迫力です。石川県代表として3月25日から岡山県で開催される全日本中学生バドミントン選手権での活躍をまずは期待し、今春スタートする新生七尾中学校、そのファーストステージに浜中魂をどう刻むか、輝かしい1ページを楽しみに期待します。頑張れ!恒哉!!頼むぞ!恒哉!!



校訓「自主創造」


第18回 「輝け!郷土の星」相撲の竹口 広徳くん(小丸山小5年)


第38回石川県少年相撲選手権で優勝


相撲にはぜんぜん興味などなかった広徳くん、小2のとき学年で一番大きな体をしていたので、友達からわんぱく相撲七尾大会に誘われます。温厚な性格の広徳くんは断れずにしぶしぶ出場しました。しぶしぶ出場したその大会でなんと優勝しました。やはり優勝すると嬉しいものです。また周りから頑張ったね、強いんだね、新聞に出ていたね、とたくさん声を掛けられました。そんなことがキッカケになり相撲をやってみようと思いました。


七尾能登島相撲クラブ


かつては小学校、中学校には必ず土俵があり、国技である相撲が盛んな時代もありました。
最近は野球やサッカーなどが盛んで、小学生から相撲を習う人は少なくなりました。そんな中、唯一七尾能登島相撲クラブが小中学生対象で相撲を教えています。広徳くんは両親と相談して能登島の相撲クラブへ通うことを決めました。このクラブは伝統があるクラブで、大相撲で活躍している遠藤関や輝関も小学生の頃には稽古に来ていました。稽古は水曜日と金曜日の午後6時から8時まで行います。新﨑総監督はじめ指導者は七尾相撲連盟の大先輩方です。四股、鉄砲、すり足、股割り、ぶつかり稽古など、相撲の基本を徹底して、怪我をしない体を作っていきます。新﨑総監督は、相撲を通じて大きな声を出せる、強い体になる、礼儀礼節を知る、この3つを基本理念として指導をします。冬の稽古は基本動作を徹底します。七尾能登島相撲クラブは能登島小学校の空いた教室を利用して土俵が作られました。春に一段と強く 逞しく成長する為には、冬場の土の上の稽古が要になります。広徳くんは、稽古はきついが、自分には相撲しかないと思っているので頑張ると言います。 いつしか、 「しぶしぶ」が、 「これしかない」、 に変わっていたのです。



七尾能登島相撲クラブ


わんぱく相撲全国大会ベスト16


昨年、わんぱく相撲七尾大会と石川ブロック大会で優勝し、東京の両国国技館で行われた全国大会に出場、見事ベスト16に入りました。相撲を始めて4年が経ちましたが、お母さんは年々心身ともに成長していると感じています。相撲が強くなると共に、何事にも積極性が出てきたと話します。昨年大相撲が金沢に巡業に来た時、両親に連れて行ってもらい、そこで力士の迫力ある相撲を初めて見ました。そして白鵬と鶴竜の両横綱とも一緒に写真を撮らせてもらい、新たな決意を胸に秘めた広徳くんです。相撲を続けるため中学校も どこへ進学するか考え始めています。
自分を活かす場が土俵だと目覚め、覚悟を決めたとき、揺るぐ事の無い金剛心が備わり、この先の艱難辛苦にも耐え、相撲道を極めていく! 広徳くんの稽古姿から、そんな決意が感じられました。 能登七尾は相撲王国で横綱輪島関はじめ多くの関取が誕生している土地柄です。 その伝統をぜひ繋いでもらいたいとエールを送ります。ドスコイ! 広徳! はっけよい!はっけよーい!



似てる!


第17回 「輝け!郷土の星」 米作り 山崎 航平君 藤井 賢一君(東雲高校3年)


日本一に輝く


昨年11月、山形県庄内市で開催された「あなたが選ぶ日本一おいしいお米コンテスト」高校生の部で最優秀金賞を受賞しました。予選はお米の水分、蛋白、アミローズ、脂肪酸など品質を科学的に分析し食味値を競い上位6校が決勝へ進みます。決勝戦は米作りについてプレゼンテーションと審査員の試食で美味しさが評価されます。決勝進出の連絡を受け、二人は出村豊先生と庄内へ向かいました。決勝のステージでは二連覇を狙う新潟県の新発田農業高校が写真を使い完璧なプレゼンをしています。二人は庄内へ向かう道中で何度も練習した学校と品種の紹介を精一杯発表しました。味の審査は炊きたてのご飯に高校名が伏せられ、番号が付けられます。参加者もそれぞれ試食しますが、これは美味しい!と思ったご飯がありました。出村先生がこれは自分達のお米だと断言しましたが、二人は信じていませんでした。ステージに立ち審査結果の発表を待ちます。「最優秀金賞は、品種ゆうだい21、石川県立七尾東雲高等学校です」と声が聞こえた時は「えっ!」「本当に!!」 と ビックリしました。 そして自分達はすごいことしていたんだと改めて思いました。



手際良く はざ掛け


米作りから学ぶ


山崎君は野球部、藤井君はサッカー部で活躍しています。外で体を動かすことが好きな二人は、総合経営学科で授業の一環として農業を選択し米作りを始めます。もちろん田んぼなどやったことがない二人ですが、ここで出村先生との出逢いがあります。先生は植物バイオの研究者でもあり 地元はもとより 海外でも活動をしてきました。能登の里山里海が世界農業遺産に登録されたことをキッカケに棚田の復元を提唱し、父兄の協力もあり現在は八田の棚田で米作りをしています。山の上の棚田は機械が入らず全て手作業です。初めての田んぼで足を取られ、しゃがみっぱなしで腰が痛くなります。それでも先生の指導に従い枠を転がし、田植えをし、除草も10数回行いました。
昔ながらのはざを立て、稲を刈り、それを結んではざに掛け、干してから脱穀します。山崎君は仲間と棚田に通っている内に、成長する稲穂や田んぼに愛着が湧いてきたと話します。藤井君ははざの一番下に掛けた稲が猪に全部食べられ、米作りの大変さを改めて感じたと話します。先生は素直にコツコツと作業する二人に、大きな目標も目の前の一つ一つに手を抜かず、一生懸命に打ち込むことの大切さを教えます。12月の「全国農業高校お米甲子園」でもコシヒカリで出品し全国83校中3位の得点で特別優秀賞を受賞しました。しかし二人は日本一になって初めて気づいたことがあると言います。それは1位は2位や3位と全然違うということです。今春卒業する二人は就職先が決まっていますが、社会人になっても目標を定め1位を目指したいと口を揃えます。日本一のお米を作った二人には、人生と言う田んぼで、自分という大きな穂を実らせ、大きく、大きく、羽ばたいてほしいと思います。



枠をコロコロ 田植え


第16回 「輝け!郷土の星」 中距離走の増田 海輝くん(中能登中3年)


大会新記録!第68回石川県中学校陸上競技大会800m


中学3年生になって頭角を現した海輝くんは、1分59秒74の大会新記録で全中標準記録を突破し、8月に長野県松本市で開催された全日本中学陸上選手県大会に出場しました。1分58秒97で予選を1位で通過するも、準決勝で記録を伸ばせず4位、残念ながら決勝へは進めませんでした。海輝くんは小学校3年と4年の時に鳥屋アスリートクラブで陸上をしていましたが、5年と6年はサッカーをしていました。中学に入学しサッカーではレギュラーになれないと思い、家族と相談して陸上部に入る事にしました。


守山コーチ


陸上部では外部コーチの守山さんから指導を受けますが、体力がなく練習についていけず本当に嫌で嫌でしょうがありませんでした。嫌な顔をしていたら叱られると思い、顔には出さず練習を続けていると、だんだん走ることが楽しくなります。 1年生の1500mで県体3位になり北信越大会へ出ました。 しかし2年生の時、信頼していた守山さんがコーチとして来られなくなり、海輝くんは練習に身が入らない日が続きます。 それでもその年の県体800m決勝で、ラスト200mにスパートをかけ5位から3位に入賞します。この時のことを「めっちゃ、気持ち良かった」と話す海輝くん。ラストスパートで抜き去る快感が海輝くんの心に火をつけ「全中に出る!」と決意します。2年生の冬になり守山さんが鹿西スポーツセンターで女子選手強化の練習会を始めたことを聞き、自分にも指導してほしいとお願いに行きました。守山さんのもとで練習が始まり、走りこみや筋トレで徐々に体力がつきました。



中能登中 陸上部


頭角を現す


3年生になると大会ごとに自己ベストが更新されていきました。6月の県体では1500mに優勝。7月の全日本中学通信陸上石川県大会では1500m、3000mに優勝します。しかし6月の県体では大失態します。予選を大会新記録で通過した800m決勝、そのスタート時間を間違え召集漏れとなり決勝レースに出場できなくなったのです。北信越大会で優勝を狙える記録を出していたので「本当にショックでした。今までに一番悲しい出来事です」と悔やむ海輝くんです。 応援に来ていた家族もガッカリするし、 守山さんも呆れてしまいました。 しかしいつまでも悔やんではいられません。 1月22日に広島県で行われる都道府県対抗駅伝の石川県メンバーの候補になっているので、なんとしても選ばれるよう毎日練習を続けています。今、陸上部員3人で朝ごはんを持って6時40分に学校へ来て4000mを走り、学校で朝食をとり、それから授業です。放課後の部活を済ませ、午後7時半から9時までは守山さんの練習会に参加します。普段はゲームが大好きな海輝くんですが、目標を持った時には強い信念で努力します。高校へ進学しても陸上を続けたいと話す海輝くんは、陸上部の先生と仲間、そして守山さんと家族に支えられていることに感謝を忘れることなく、今日も走ります!



ラストスパート!


第15回 「輝け!郷土の星」 走り幅跳びの宮脇 愛果さん(東部中3年)


第62回全日本中学校通信陸上競技石川県大会で優勝


石川県中学生女子走幅跳の第一人者として、周囲から期待が寄せられている愛果さんは、城山グランドで日々練習に励んでいます。小学校2年生の時、兄が通うナスポジュニア陸上競技クラブに一緒に連れて行ってもらい、なんとなく練習を始めたことがキッカケです。小学生の県体会は4年生から出場できますが、愛果さんは、4年生と5年生の時に100mに出場して3位に入りました。
6年生では走幅跳に出場して4m81の大会新記録で優勝し全国大会へ出場しました。初めての全国大会では周りの雰囲気にのまれ、力が発揮できず4m34で11位でした。この時の優勝記録が4m79だったので、とても悔しく初めて泣きました。


ケガに泣く


中学に入学すると迷わず陸上部へ入ります。愛果さんは陸上が楽しいと一生懸命練習しました。結果はすぐに出ます。100mは13秒30、走幅跳5m19を記録しました。毎年秋に横浜で開催されるジュニアオリンピックにも出場し走幅跳で4位に入賞。周りから注目され始めます。中2では、100mは12秒83で県2位、走幅跳5m47で県優勝し全中へ出場。全中では5m30と記録を落とし予選落ちです。実はこの頃ケガに悩まされていたのです。走幅跳は助走から踏切る時に全体重と全スピードが加わる競技です。練習のしすぎによりシンスプリントと言う、膝から下の骨に痛みが出る症状に悩まされていたのです。歩くだけでも痛く練習を抑えました。「何でこんなに飛べんげろう・・・」また涙する愛果さんでした。中3の今年こそはと5月の石川県選手権に出場しました。高校、大学、一般と一緒になっての競技ですが、5m52で見事2位でした。しかし大会後に腰の痛みを感じ診察すると疲労骨折をしていました。練習できないまま迎えた8月、長野県での全中は5m00と予選落ちです。中学3年間で全国の表彰台に1回も上がることができなかった悔しさで、またまた涙を流しました。



東部中 陸上部


全国の表彰台を目指して


最近は中学生と高校生の差がなくなっています。今年の岩手国体でも、女子走幅跳の少年女子A
(高3、高2)の優勝記録が6m15、少年女子B(高1、中3)の優勝記録が6m20で全中3位だった中学生が優勝しました。全国大会に出場する選手は身長160cmから170cm台がほとんどです。愛果さんは153cmと小柄ですが、天性のスピードとバネに磨きをかけ、必ず全国の表彰台に立つと強く決意しています。石川県中体連の強化合宿にライバルと共に選抜され技術、メンタルを高め合う中で県代表を担う責任を自覚したと言います。
小柄でかわいい愛果さんですが、フィールドに立つ姿は凛々しく、アスリートとして将来性を感じます。来年から高校生ですが更に大きな舞台での、大きなジャンプを期待します!



ジャーンプ!


第9回 「輝け!郷土の星」 柔道の北野 那美さん(鳥屋小6年)


石川県大会で個人優勝


昨年11月、金沢市で開催された第40回県少年柔道大会の女子個人戦で見事優勝した那美さん。中能登柔道教室で練習に練習を重ね掴んだ栄光だ。柔道を習い始めたのは5歳だった。三人姉妹の末っ子で、姉二人が教室に通っていたので、遊び気分で付いていくうちに自然と始めていた。練習は週3日、夕方6時から3時間、30分間のランニングと体操で十分に体をほぐしてから、受身を徹底して練習し、寝技、立ち技と続く。小学生以下の教室なので先生は怪我をしないよう特に気を配る。


目標を持つ


練習は辛いと思ったことはなく 「楽しい」 という那美さんだが、小1で初めて出場した能登地区大会では1回戦で負けた。「くやしい!」 この時に勝ちたい気持ちが湧いたと言う。次の大会では『1回戦には、とにかく勝つ!』それが目標となった。それからは常に自分より強い相手と練習した。目標を持って練習するので実力がついていく。全国小学生学年別大会では1年から5年まで石川県優勝を続け敵無しだった。5年生から全国大会が開催され、各県の優勝者が集まるこの大会に石川県代表で出場した。1回戦、僅差の判定負け。全国の壁は厚い。 『全国大会の1回戦にはとにかく勝つ!』 新たな目標が出来た。そして迎えた6年生、6月の県大会で無念の準優勝。全国大会へ行けなかった。柔道を
始めて、初めて泣いた。その時のことを姉に聞くと、悔し涙で泣いて、布団から出てこなかったという。「一生懸命練習して負けたので、もっと練習するしかないと思いました」と那美さん。生活を柔道中心のサイクルに合わせ、覚悟を決め練習に励んだ。そして、夏に負けた相手に、冬に勝った。



大人顔負けの風格


中能登柔道教室


実はこの大会で中能登柔道教室は団体戦でも優勝しているのだ。団体戦は団結力の勝負だと監督。そのため遠征や合宿を行う。初めて親元を離れて寝泊りする子は自信となり、小さな子を世話する上級生は責任感が養われ、チームがひとつになっていくという。 またそれぞれの、能力に合せた目標を一緒に決めていき、それに応じた指導をする。正月の稽古始めに自分の目標を書初めし中能登の武道館に一年間掲げる。それぞれに目標があるから辛い練習もみんなで頑張れるのだ。目標を達成し喜びを体験することで次への励みになっていく。教室には厳しさだけでなく楽しさも用意されている。スキーに行ったり、食事会を行ったり父兄会が協力する。指導者、生徒、父兄、三位一体で教室を盛り上げているのだ。監督は「柔道を通じて、社会人として通用する人間になってもらいたい」、そのために指導するのだと言う。そんな子供たちの頑張りが5人の指導者の励みとなる。監督に北野三姉妹について聞いた。一番の努力家は長女、センスが良いのは二女だという。そして三女の那美さんのことは、なぜか語らなかった。その胸中はわからないが、その目からは、成長を楽しみに期待していることは確かだ。 監督として、 そして父親として。



人の道を厳しく指導


第14回 「輝け!郷土の星」 柔道の大橋 洸俊くん(東部中3年)


石川県中学校総体の柔道90kg超級で優勝


100kg、110kgの選手が出場する90kg超級に出場した洸俊くんは93kgです。そんな中での優勝はとても嬉しいと笑顔の洸俊くん。続く全中にも石川県代表として出場し2回戦で敗れたものの、その相手は大会優勝した187cm、140kgを越える大阪代表の斉藤選手でした。日本を代表する柔道家で金メダリストの斉藤仁さんの息子です。内股で一本を取られ実力差を実感したと言います。そんな洸俊くんは小2から柔道を始めます。キッカケは柔道を習っていたお兄さんがバスケットに転向、その柔道着を前に「柔道やって見れば」とお母さんに勧められ、体が大きかった洸俊くんもそれならやって見ようかと思ったそうです。七尾武道館で練習している全日本柔道少年団の松木監督のもとへ通い練習が始まります。


目標はオリンピック


最初の頃は1対1で勝負することが楽しく練習も辛くありませんでした。しかし小3の全能登大会では2回戦で負け、とても口惜しく思いました。それからは積極的に練習するようになり、打ち込みも1回1回を本気で気持ちを入れて頑張りました。小4で初めて優勝を経験しこの時「オリンピックへ行く!」と決意します。小5で優勝が1回ありますが、肝心の全国大会の県予選に負けました。全国大会に絶対行きたいと思っていたので、この時ほど口惜しかったことはありません。小6ではどの大会に出ても優勝できません。しかし口惜しさは無かったそうです。これが今の自分の実力だと冷静に受け止めることが出来たからです。そして黙々と練習の日々を過ごします。中1で81kg級ベスト8、中2で90kg級3位、中3で90kg超級優勝、全中1回戦勝利と毎年成績が上がりました。3年間で心も技も体も強くなった洸俊くんに優勝の感想を聞くと「やっとスタートラインに立つことができた」と言います。オリンピック優勝がゴールだからです。小4で決意した目標をずっと持ち続けて練習に励んできた洸俊くんに、力強さと頼もしさを感じました。



全中2回戦 相手がデカすぎた


秘められた闘志


オリンピック選手を育成する全日本柔道連盟の28年度ジュニア強化合宿の参加選手に選ばれ期待が膨らみますが、当面の目標は高1でインターハイに出場することです。顧問の長谷先生は茶目っ気があり優しい性格が、時として気の緩みに繋がるので更に強い信念を持って頑張って欲しいと話します。試合では絶対に勝つと強く念じ、日々の練習では少しでも進化する事を心がけていると小声で話す洸俊くん。そして柔道を勧め、食事に気を配り、柔道着を毎日洗濯してくれる母に感謝したいと話します。気が優しくて力持ちの洸俊くん、言葉にこそ出しませんでしたが「目標を定め、努力して、結果を出す、それが全てです」と内に秘められた闘志から、声なき声が確かに聞こえてきました。



東部中学 柔道部


第13回 「輝け郷土の星」  弓道の岡野 暉くん(中能登中3年)


第50回石川県中学校体育大会弓道競技で優勝


今年、中能登中学校弓道部は個人戦と団体戦で石川県優勝しました。個人優勝の暉くんは団体戦にも出場し8月20日に東京の明治神宮にある中央道場での全国中学生弓道大会に出場しました。小学生の時バトミントンをやっていた暉くんですが、部活に弓道があり見学に行くと先輩の弓を引く姿に惹かれて入部します。しかし半年間は弓を持たせてもらえず腕立、腹筋に明け暮れました。初めて矢を放ったとき28m先の的は遠く半分しか飛びませんでした。弓道は思った以上に難しいと感じた暉くんですが、真面目な性格で休む事無くコツコツ練習を続けます。初めて的に当たった時はテストで90点を取ったくらいに嬉しかったそうです。加賀賢成コーチに入部してきた暉くんは才能があったのですかと質問すると、即座に「無い!」との返事です。ただ努力家で素直に指導を聞き入れ、真剣に練習を続けてきたので、今年急に頭角が現れたと言います。


中能登中学校弓道部


平成25年、鹿島、鳥屋、鹿西の中学が統合され中能登中学校になった時、弓道場も建てられました。これは鹿島中学に弓道部があったからです。旧鹿島町は弓道の盛んな土地柄で、今年の岩手国体に石川県代表として成年男子で曽山良和選手、成年女子で山口千春選手が出場します。曽山選手はすでに全日本で3度優勝しています。中能登中学弓道部はそんな選手と交わる機会を持ち練習に励んでいます。弓道部のなかった鳥屋、鹿西地区の生徒も弓道に触れる機会ができ、部員数は男女50名です。弓矢を持って立つ部員から厳粛な空気が漂ってきます。今年出場した県内と北陸三県の5大会全てで男子は団体優勝しました。団体戦は大前、中、落と3名で戦います。大前、清水来樹くんは鹿島出身。中、岡野暉くんは鳥屋出身。落、山邊晃聖くんは鹿西出身です。試合では状況を見てお互いにアドバイスします。暉くんは信頼する仲間が後ろにいることで安心して試合ができたと言います。



山邊・岡野・清水の絆


独自の会


弓道では射法八節といって矢を射る立振舞いがあります。矢を放つ直前の構えを会(かい)と言います。会は指導を受け身につけるのですが、暉くんは独自の会を作り上げました。加賀コーチは誰も真似の出来ない天性の会だと言います。暉くんは特別意識したわけでなく、教えを聞き自分なりに考えながら、ただコツコツ練習を重ねていく内に自然とこの会に辿り着いたと言います。弓道は36cmの的に矢が当たるか当たらないかの勝負で、技術もさることながら強い精神力が求められます。大会では8割の力が出せれば最高だと言われ、練習は大会のつもり、大会は練習のつもりと常に平常心を養います。奥が深い弓道だからこそ、持ち前の素直さと直向さで練習を続ければ、まだまだ楽しみな暉くんです。



礼儀礼節、心身の鍛錬


第12回 「輝け郷土の星」 柔道の林 弘華さん(鳥屋小5年)


8月28日 三重県伊勢市で開催の全国大会へ出場!


全国小学生柔道学年別石川県大会5年生の部、40キロ超級で見事優勝した弘華さん。小さい時は人見知りで気が弱い子だったので、心配したお父さんが2年生の春に弟の諒太朗くんと共に中能登柔道教室へ連れていきました。お父さんはこの教室のコーチでもあり柔道三段。心と体を鍛えるのに柔道をさせたらと思ったそうです。保育園年長の諒太朗くんはすぐに「やりたーい!」と入門。弘華さんは1ヶ月間考え「やってみようかな」と思いました。
それでも最初の頃は、練習に行くのが嫌で玄関でよく泣いたそうです。そんな弘華さんは試合に出ても勝てません。4年生の春、全能登大会の1回戦に初めて勝ちました。しかし2回戦は負け。勝つ嬉しさと、負ける悔しさを初めて経験しました。これがキッカケとなり、本気で練習するようになり保育園から通っていた水泳教室もやめて柔道一本に集中しました。柔道教室には石川県で何度も優勝している2年先輩の北野那美さんがいます。その胸に積極的に向っていきます。強い相手と練習をすることで気持ちも強くなってきました。弘華さんの体重は41キロです。対戦相手は50キロくらいの選手ばかりですが、それでも内股や寝技で勝ちました。


厳しい練習


柔道教室は夕方6時から3時間の練習を週3日行います。準備体操、受身、寝技、立ち技と練習します。教室では技について細やかな指導をします。その上で反復練習をしますがみんな真剣な眼差しです。水分補給をしながら厳しい練習が続きますが、みんな本当に一生懸命頑張っています。先日、大阪代表を招いて合同練習をしましたが、弘華さんはケチョンケチョンにやられてしまったそうです。少し気後れしたことが原因です。どんな相手にも気持ちで負けないことが大事だと学びました。いろんな体験を通して何か一つでもつかんで強くなってもらいたいと監督とコーチは遠征や合宿、レクレーションなども取り入れ指導します。弘華さんに目標を聞きました。全国大会に勝つことかと思ったら、なんと北野那美さんに勝ちたいと言うので驚きました。大好きな強い先輩に追いつき追い越したい。
そんな思いが今の弘華さんのエネルギーになっているようです。弟の諒太朗くんも3年生の部で優勝しました。二人の頑張りを見ていた弘華さんの妹、莉帆さんも昨年から柔道を始めました。父親でもある林和弘コーチは道場では厳しく指導しますが家では優しいそうです。弘華さんはそんなお父さんのことを頼もしく思い慕っています。北野監督は柔道を通して一つのことを成し遂げる厳しさを知り、人としての優しさを育み立派な大人になってもらいたいと話します。練習を見学しましたが全員が礼儀正しく真剣に取組む姿に小学生ながらとても立派に見えました。
弘華さんには後に続く後輩のためにもぜひ全国大会で頑張って来て下さい。
応援しています! 頑張れ!頑張れ! 弘華!!



日々精進



一致団結の中能登柔道教室


第11回 「輝け郷土の星」 中橋 那智さん(中島中3年) 播磨 朋奈さん(中島中2年)



石川県大会 優勝


今年1月、第16回全日本中学生バトミントン選手権大会の石川県選考会で優勝した中橋・播摩ペア。石川県代表に選ばれ全国大会へ出場したが予選リーグ2勝1敗で決勝トーナメントへは進めなかった。この二人、実は大会直前に組んだペアだった。中橋奈智さんは県内でシングルのトップ選手である。優勝を狙って出場するも、まさかの敗退。しかしトップ選手の奈智さんはダブルスでの再挑戦の権利を持っていた。それで峪(たに)監督が部でダブルスの実力者である播摩朋奈さんとペアを組ませリベンジさせたのだ。いきなりのペアで大丈夫なのか? 峪監督は「実力があれば相性など関係ない。普通ダブルスはつなぐ子と打つ子がペアを組むが、二人はズドーンと力のある球を打ち、小手先の技術も巧みでつなぎも出来る。 中橋は意思が強く、状況判断が的確で、勝負強い。播摩はラケットセンスが抜群で、体もあり左利き、センスの良い球が左から飛ぶので、相手にすれば嫌なタイプとなる」 と話す。


文芸部だったバドミントンクラブ


奈智さんは小2から、朋奈さんは小1から、中島ジュニアバトミントンクラブ(中島JB)に通った。10年前、中島JBを立ち上げた澤監督が指導した児童が中学に入学しバトミントンを始めることになる。創部9年目の中島中学校バトミントンクラブは当初部活動として認められず、しかたなく文芸部としてスタートする。練習場所が与えられず、バレー部やサッカー部が練習をしていない時に空いたスペースで練習をしていた。そうした中で県大会に優勝し部活動に昇格した。 何事も結果を出せば周りが変わるのだ。



校長室で取材


成長する2人


学校の部活のほか、週3日は中島JBで夜8時~9時半まで練習する。
面白そうと思って入ったジュニア。最初は羽を打たせてもらえず、基本練習ばかりでコートに入れなかった。 「先輩みたいにあのコートでやってみたい」その姿に憧れて頑張れた。 今はそのコートで後輩の指導もしている。 小学生には友達のように教えているという二人だが、部活の1年生に聞くと 「普段は優しいのですが、コートに立つとスイッチが入って
オーラが出るんです」 と答えた。次の目標は8月に石川県で開催される全国中学校バトミントン大会への出場だ。 この全国大会出場は北信越で2位以上に入ることが条件だ。 しかし今年は石川が開催地なので、県で優勝すれば出場できるチャンスの年である。 取材の最後二人に峪監督のことを聞いた。「練習より 生活態度に、より厳しいんです」 と話す。 部の目標も、「いじめをしない、不良にならない、無断欠席をしない」である。 そして怒る時にちゃんと怒ってくれると言う。 信頼が厚い。「この監督にして、この子たちあり」 十分に伝わってくる。県選手団の一員として各地を遠征する二人、視野を広め、見聞を高める。 爽やかで、礼儀正しく、笑顔が可愛い。 そこに自信と風格が備わりつつある。 なんとも楽しみな二人である。



伝統を築く!


第10回 「輝け郷土の星」 卓球の平泉 心那さん(徳田小5年)


伝統の石川県選手権で優勝!


昨年12月、第75回石川県卓球選手権カブ女子シングルスで見事優勝した心那さん。保育園児だった心那さんは兄の通う教室へ連れられて行くうちに、自分も卓球をやりたいと思うようになる。卓球は園児を含む小学2年生以下のバンビ、3、4年生はカブ、5、6年生がホープスというクラスに分かれる。バンビは卓球台の高さが10cm低くなるがそれ以外はラケットもボールもラバーも同じだ。心那さんは小さな体でボールに飛びつき練習を続ける。結果が出たのが小学2年生、県大会で優勝、3年生、4年生と優勝を続け3連覇だ。個人戦はもとより、団体戦の石川代表にも選ばれて全国大会に出ている。しかし全国の壁は厚い。3度出場した個人戦、1勝が出来ない。今年5月に行われる全国大会予選の石川県小学生大会で勝ち、7月神戸で開催される全日本卓球選手権大会で1勝することが当面の目標だ。


松平スポーツ卓球教室


心那さんは週3日教室に通って約1時間半の練習のほか、松平先生から個人指導も受ける。その練習は容赦ない叱咤が飛ぶ。先生の手元から飛び出すボール、それに反応する心那さん。 「ボールを追っかけてどうする!」 「どこにボールが来るか先を読まんかい!」 そんな声が続く。 「練習は辛くないの?」「ハイ、楽しいです」 「どうして楽しいの?」 「勝ったとき嬉しいからです」 心那さんは、自分が強くなるために先生が厳しく指導していること、そして、その先の自分の姿を見つめているのだ。松平先生は倉庫精練の実業団選手として活躍した後、七尾に戻りスポーツ店を開き、傍ら能登の中学、高校の卓球部へ出前指導を続けてきた。そして21年前、お店の横に卓球場を建て教室を開く。 そしてこの教室から、息子であり、日本を代表する松平賢二、健太の一流選手が育っていくのである。先生は県大会優勝は努力の範囲でなれるが、それ以上目指すなら卓越した俊敏性、反射神経など卓球センスがないと厳しく、 努力 + 素質、そこにどれだけの伸び代があるかだという。ハードな練習だけでなく、心身の成長に合わせて上手に、伸び代を伸ばしていく、 ここに松平流指導の極意があるように見えた。



練習後の笑顔


アスリートの資質


石川佳純選手が好きだという心那さんは、笑顔が可愛い小学生だ。疲れた顔も見せず、先生のアドバイスに耳を傾け淡々と練習する。勝つことがモチベーションとなり目標に向って、全てを自分の事として向き合っている。 それこそがアスリートとしての資質の源なのだろう。サーブの瞬間、ラケットの動きを見て回転を読み、瞬時に反射する卓球は神経戦でもあり、 小さな台の上で繰り広げるボールの打ち合いは、正に格闘技でもある。心那さんの練習を見て、卓球はボールの回転より速い、 頭の回転が求められる競技だと知った。私が知っている、 ピンポン とは、まったくの別物であった。



迫力の松平流 個人指導


第8回 「輝け郷土の星」 そろばんの鳥毛 遥斗くん(小丸山小3年)


珠算学年別で石川県1位


平成27年12月、日本珠算連盟の全国そろばんコンクール学年別で見事石川県1位に輝いた遥斗くん。物心が付いた時からとにかく数字が好きだった。2歳にして1から100までの数字を覚え、お絵かきボードには数字を書いては消し、書いては消して遊ぶ子だった。入学前に算数のドリルを自ら進んで取組んでいた。母親はそんなに数字が好きならばと1年生になって土田珠算塾に連れて行く。


大粒の涙


「そろばんは楽しい!」すぐに虜になった。好きで楽しいことをやるのだから腕前は見る見る上がった。コンクールは7月の暗算、12月のそろばんと年2回行われる。1、2年生の時すでに両方とも1位だったので、自信があった3年生の暗算コンクール。母親から結果を知らされた瞬間、大粒の涙がボロボロ流れた。3位だった。悔しくて涙が止まらなかったという。母は「そんなに悔しいのならもっと練習したら」と一言。油断があったと気付き塾では無駄口はせず真剣にそろばんに向き合った。見事に結果が出た。「リベンジできて嬉しかったです」と笑顔の遥斗くん。次は初段になることを目標に頑張っている。


ハルトマン博士


算数では誰よりも早く解答するので同級生が付けたあだ名である。小3では二桁の掛け算を習うが問題を見て瞬時に答が出てくるという。それは暗算をすると頭にそろばんが浮かび、数字を見て指先を動かすと頭のそろばんの珠が動きだし答えが出るという。暗算と言う秘密兵器を持ったハルトマン博士は「どんたく」のレジのお姉さんをも驚かせる。お母さんとのお買物、レジでおつりが計算される前に、その答えをお姉さんに告げる。レジの金額を見たお姉さんが、「あら凄いねぇー」と驚いて声をあげてしまう。



リベンジの表彰式


35×49


それならばと問題を出した。 35×49 指先が動いた。「1715です」 約2秒だ。
その速さに驚いた。「そろばんは集中力が大事なんです」と土田先生。そのため塾では正座で練習し姿勢を重視している。遥斗くんは背筋が伸びすごく綺麗でそろばんにぴったりな姿勢だという。辛いことは何と聞くと、間違えた問題の直しだという。丁寧にやると問題数がこなせず点数が取れない。先生が基本はまず間違えないこと、間違えない訓練を続けることで問題数も増えてくると指導する。しかし、遥斗くんは、それでも問題数を増やすことを意識する。スピードを上げ問題数を増やすことの中で正確さも高めようと挑戦し葛藤しているのだ。その是非はわからないが、自分で考え、正確さとスピードの両立を追求している姿に遥斗くんの真骨頂を見た。お母さんに性格を聞くと、頑固で負けず嫌いで理論家でかつ天真爛漫だという。好きなテレビ番組は、ドクターG、逃走中、そしてクイズ番組だ。なるほど! これらはどれも結果や答え出すため追求していく番組ではないか。 きっと天から「そろばん」を授かったに違いない。
頑張れ ハルトマン博士!



土田珠算塾の仲間たち