こみみかわら版バックナンバー

日本一小さな茶室


城山の懐古館前にある茶室。汽船会社で一代を築いた市内旧樋爪家の
庭園にあったもので大正末期に京都高台寺の傘亭を手本に造られました。

亭主は、かなりの腕前でないと点前が務まらないと言われる半畳台目、
逆勝手の造りで、日本最小の茶室です。


遊覧船「Sea Bird」


能登食祭市場横の船着き場から、遊覧船の「Sea Bird」が出航しています。

出航するとウミネコが追いかけて来て手でかざした餌をついばみ、
とってもスリリングです。

和倉遊覧コースでは能登島大橋を見上げる事ができ、その迫力に驚きます!


のとじま水族館

石川県で唯一の水族館です。昭和57年に開館して36年経ちました。

今年の4月に回遊水槽をリニューアルし、日本海側の水族館では初めての
プロジェクションマッピングと合わせて、まるで海中散歩をしている気分で、
泳ぐ魚たちを観る事ができます。


御便殿(和倉青林寺)


御便殿とは皇族が休憩する建物です。

明治42年、大正天皇が皇太子の時、和倉行啓の際に建てられました。
当時珠洲から千人、鳳至から二千人の小学生を集めて市内のお寺で宿泊し、
袴を履きお迎えしたそうです。

昭和51年に青林寺に移築されました。


花嫁のれん館(馬出町)


花嫁のれんとは、幕末頃から加賀藩の能登・加賀・越中で始まった
婚礼の風習です。

花嫁が実家から持参した暖簾が仏間の入口に掛けられ無垢の花嫁が
一回だけくぐります。

くぐる前は娘さんで、くぐった後はお嫁さんとなり、覚悟の暖簾とも言われます。


等伯像「青雲」


あの有名な国宝松林図屏風を描いた七尾出身の画聖長谷川等伯。

3年前、食祭市場横のマリンパークの一角に七尾湾を背にし、
京都の方角を向き建てられ、高さは2.5mあります。

絵筆を持ち、笠に手を添え、天を仰ぎ いざ行かん!
と京へ旅立つ勇姿です。


久氐比古神社


中能登町久江の神社で古事記に出てくる久延毘古神を祀っています。
足が悪いけど頭の良い学問の神様で大国主命が日本の国造りをして
いて悩まれた時に知恵を授けたほどです。
足が悪かったので案山子の神様とも言われています。


山王鳥居

大地主神社(山王神社)の弐の鳥居が今春、神社と能登國の1300年の
節目に再建されました。
昭和36年まで銅版作りの弐の鳥居が建っていましたが道路拡張工事で撤去
されました。
上部の三角形の破風(屋根)が特徴で山王信仰の象徴とされます。


岩屋浄水場

直径24mの大きな水道水タンク。
この中には手取川の鶴来浄水場から送られる水が貯められ、七尾市の
水道水の約半分を賄っています。
手取川から七尾まで約130km、水が届くのに3日間かかります。
その費用は年間約4億8千万円です。1滴の水も大切に!


明治の館(室木邸)


島町外にある天領庄屋の旧家で、明治12年から10年余りの歳月をかけた
豪壮な合掌組入母屋造り茅葺の建物。
仏壇の間の曲線の襖は必見です。
室木家は廻船業や酒造業を営み、明治35年、大正4年と親子2代で
国会議員としても活躍しました。


西岸ヨットハーバー


国民宿舎小牧台の下、七尾北湾の小さな入り江の堂浜湾。
いつしか大きなヨットやプレジャーボートが係留されるようになり、
さながらヨットハーバーのようです。
昔は数隻の櫓舟が繋がれていましたが、豊かになった時代の流れを感じます。


金た丸駅(金丸駅)


明治31年開業の金丸駅。
駅名標をよーく見ると、「た」の字が入っています。
金たまる駅。なんとも縁起の良い駅名ですね。
かつて北海道の幸福駅の切符がブームになった時、
「それなら金丸駅も」と、金丸出身の元国鉄マン
の考えた駅名標です。


多根ダム


1973年に竣工された熊渕川にある灌漑用水の供給を目的とするダム。
一帯は湖畔公園コロサとして整備され、スキー場・キャンプ場・
ボート乗り場と、四季を通じて楽しめます。やまびこ荘で宿泊もできます。
バスフィッシングは有名で大会も開催されています。


新庄の半鐘


最近では珍しい半鐘が新庄の在所の真ん中に。
日本では江戸時代から火の見櫓に吊るされ、火災や洪水などを
知らせる鐘として普及しました。
新庄は在所を流れる石塚川の川底が田んぼより高かったため
大雨の時は太鼓も叩いて警戒したと言います。


七尾城山展望台


標高380mの山頂にある展望台です。
七尾湾と市街地を一望でき、七尾湾の由来となった七つの尾根も
眺める事ができます。
歴代の畠山の殿様もここに立って、能登の繁栄を考えていたのでしょうか。
何だか視野が開けて、心がゆったり大きくなります。


唐崎神社 (小島町)

今年、能登立国1300年ですが、その国造りの一環として山王神社と共に
その摂社として造られた歴史ある神社です。
青柏祭ではこの神社の奥に湧き出る神泉、紅葉川の清水で清祓いをする「おみずとり」
の神事が行われ、祭の幕が開きます。


東嶺寺


鹿島半群(はんごおり)59ヶ村を治めた長連頼が父・連龍の菩提を弔う為に
開いたお寺です。
本堂には360年前の建具が残っており、田鶴浜建具の発祥のお寺でもあります。
以前、古刹の趣が素晴らしいと、水戸黄門のロケが行われました。


旧久江小学校


木をふんだんに使ったモダンな校舎平成6年に建てられました。
中能登町久江は100町歩の山林が有り、玄関に使用した木材は全て在所の
山の木を使いました。
 平成27年に閉校し、現在は児童館、体育センターとして使われています。


輪島大士(ひろし)顕彰碑


第54代の横綱で石崎町出身です。初土俵から3年半で横綱になり、
蔵前の星、黄金の左、と称され14回の優勝。
横綱北の湖と共に一時代を築き、引退後はプロレスラーに転身し、
タレントとしても活躍。
 碑は能登香島中学の後に建立されています。


田鶴浜の白浜牛ヶ浜観音堂


能登三十三観音霊場の一つです。十一面観世音菩薩が祀られており、
33年に一度のご開帳が2年前に行われ、次にご本尊を拝めるのは
31年後です。
長谷部信連の子孫がここに祀ったのが始まりで、穴水の長谷部神社と同じ
銭久曜の神紋です。