こみみかわら版バックナンバー

能登島ガラス美術館


能登島町「ガラス工芸の島」構想でまずガラス工房を誘致し、平成3年ガラス美術館が開館しました。
建物のモチーフは宇宙の流れで、自由に変化する象徴として館内には「雲」をイメージしたオブジェや装飾が施されています。いくつあるか探してね。


殿様道


嘉永6年4月、加賀藩12代藩主の前田斎泰(なりやす)が能登の海防状況視察のために通った道で、中島町笠師から奥吉田間の1200mが現存し一部が石畳になっており、殿様道と呼ばれています。
この年ペリーの黒船が静岡県浦賀に現われています。


シベリア鉄道のレール


七尾駅構内にある33kgのレール。
日露戦争に勝利した日本は、戦利品として明治31年に七尾港へ持ち帰り、
大正3年頃に七尾線全線に敷設されました。
その後取替えが進み、穴水輪島間最後の900mが昭和49年に撤去されました。


田鶴浜野鳥公園


渡り鳥が集まる七尾西湾。波静かな海に並ぶ水田、肥沃な土壌の干潟、里山里海を凝縮した公園です。
池や草木を施し野鳥が飛来しやすい環境を整え、まさに野鳥の楽園。
観察施設もあり気軽に観察できます。希少種の渡り鳥も飛来することで有名です。


十劫坊 観音の水


中能登町瀬戸にある名水。珪藻土や火成岩の活断層を逆浸透して山腹に自噴。
無雑菌で腐らず、健康水として多くの人が汲みに訪れます。

武士の霊場で畠山家臣の菩提寺として栄えた十劫坊ですが、七尾城落城の24年
前に、内紛にて焼損瓦解しました。


八百屋お七の供養塔(小島町 長壽寺)


お七の父は七尾出身の加賀藩足軽。参勤交代で江戸に出たときに脱藩し、本郷駒込で八百屋を開業。
成功して財を蓄えましたが、娘お七は恋する人を想い放火。そして火あぶりの刑に。

母の発願で隠密裏に供養塔を建立。約330年前に建てられています。


落ヶ滝の不動尊


大谷川の源流、城山の奥深くにある20mの滝。その急峻な山肌に掘られた祠に安置された不動明王。
大正14年ここで雨乞いの神事を行うと雨が降り、そのお礼に安置しました。

今は古城の真舘家と城山を愛する会、妙観院とで毎年法要を行っています。


七尾市田鶴浜町【日和ヶ丘カルチャーパーク】


図書館、研修室、多目的ホールの『サンビーム日和が丘』やグラウンド、公園もあって、遊休・自然との体験・ふれあい・憩い空間の「日和ヶ丘カルチャーパーク」私のお気に入りスポットです!


のと里山里海ミュージアム


能登歴史公園内に完成した博物館。能登の自然の中で育まれた祭りや、
生活様式など、能登ならではの文化歴史に触れる事で、能登に暮らし続
けた能登人の偉大さを改めて確認出来ます。

私達も故郷に誇りを持ち、未来に繋がなければなりませんね。


日本一小さな茶室


城山の懐古館前にある茶室。汽船会社で一代を築いた市内旧樋爪家の
庭園にあったもので大正末期に京都高台寺の傘亭を手本に造られました。

亭主は、かなりの腕前でないと点前が務まらないと言われる半畳台目、
逆勝手の造りで、日本最小の茶室です。


遊覧船「Sea Bird」


能登食祭市場横の船着き場から、遊覧船の「Sea Bird」が出航しています。

出航するとウミネコが追いかけて来て手でかざした餌をついばみ、
とってもスリリングです。

和倉遊覧コースでは能登島大橋を見上げる事ができ、その迫力に驚きます!


のとじま水族館

石川県で唯一の水族館です。昭和57年に開館して36年経ちました。

今年の4月に回遊水槽をリニューアルし、日本海側の水族館では初めての
プロジェクションマッピングと合わせて、まるで海中散歩をしている気分で、
泳ぐ魚たちを観る事ができます。


御便殿(和倉青林寺)


御便殿とは皇族が休憩する建物です。

明治42年、大正天皇が皇太子の時、和倉行啓の際に建てられました。
当時珠洲から千人、鳳至から二千人の小学生を集めて市内のお寺で宿泊し、
袴を履きお迎えしたそうです。

昭和51年に青林寺に移築されました。


花嫁のれん館(馬出町)


花嫁のれんとは、幕末頃から加賀藩の能登・加賀・越中で始まった
婚礼の風習です。

花嫁が実家から持参した暖簾が仏間の入口に掛けられ無垢の花嫁が
一回だけくぐります。

くぐる前は娘さんで、くぐった後はお嫁さんとなり、覚悟の暖簾とも言われます。


等伯像「青雲」


あの有名な国宝松林図屏風を描いた七尾出身の画聖長谷川等伯。

3年前、食祭市場横のマリンパークの一角に七尾湾を背にし、
京都の方角を向き建てられ、高さは2.5mあります。

絵筆を持ち、笠に手を添え、天を仰ぎ いざ行かん!
と京へ旅立つ勇姿です。


久氐比古神社


中能登町久江の神社で古事記に出てくる久延毘古神を祀っています。
足が悪いけど頭の良い学問の神様で大国主命が日本の国造りをして
いて悩まれた時に知恵を授けたほどです。
足が悪かったので案山子の神様とも言われています。


山王鳥居

大地主神社(山王神社)の弐の鳥居が今春、神社と能登國の1300年の
節目に再建されました。
昭和36年まで銅版作りの弐の鳥居が建っていましたが道路拡張工事で撤去
されました。
上部の三角形の破風(屋根)が特徴で山王信仰の象徴とされます。


岩屋浄水場

直径24mの大きな水道水タンク。
この中には手取川の鶴来浄水場から送られる水が貯められ、七尾市の
水道水の約半分を賄っています。
手取川から七尾まで約130km、水が届くのに3日間かかります。
その費用は年間約4億8千万円です。1滴の水も大切に!


明治の館(室木邸)


島町外にある天領庄屋の旧家で、明治12年から10年余りの歳月をかけた
豪壮な合掌組入母屋造り茅葺の建物。
仏壇の間の曲線の襖は必見です。
室木家は廻船業や酒造業を営み、明治35年、大正4年と親子2代で
国会議員としても活躍しました。


西岸ヨットハーバー


国民宿舎小牧台の下、七尾北湾の小さな入り江の堂浜湾。
いつしか大きなヨットやプレジャーボートが係留されるようになり、
さながらヨットハーバーのようです。
昔は数隻の櫓舟が繋がれていましたが、豊かになった時代の流れを感じます。