こみみかわら版バックナンバー

第88回 中能登町高畠


在所名の由来


全国に多い地名でね、実り豊かな環境を総称して高畠と呼ぶそうだよ。
この辺りは松本川と地獄谷川が流れ肥沃な土地柄で農作物も良く育ち、
また宿場として栄えたことから、高畠という在所名になったという説に頷いてるよ。


宿場街道の町


七尾、金沢、氷見への交通の要衝で、鎌倉時代にすでに
宿があったというから、宿場町として発展したんだね。
全盛期は江戸後期だというよ。

黒船来航で幕府から石川県全体の視察を命じられた十四代加賀藩主、
前田慶寧が総勢八百人の家臣と高畠に宿をとった記録があるんだ。
これだけの人数を受け入れる組織力のある在所になっていたんだね。
宿場とは街道を徒歩か馬で旅し各地と交わる、そういう中で育った文化であり、
街づくりだったんだね。旅支度がここで全て整えられるよう様々な職人がいて、
人が集まるから飲食、娯楽も栄え、私が小さい頃でも御祖(みおや)の
高畠へ行けば何でも揃うと言われたくらい賑わっていたんだよ。

舳倉島の海女さんがシーズンオフには料理屋のお接待として来ていたしね。
ミニ七尾って感じかな。戦前は芸者さんの稽古事の音色が
聞こえていたというから風情がある街並みだったんだろうね。


最近の取組


昨年、御祖小学校が統合されて子供の声が聞こえず寂しくなったけど、
民生委員が中心となって「カフェたかばたけ」をオープンしたんだ。
これが評判良くてね。第一水曜日の午後1時から4時まで、百円でコーヒー、
お茶、お菓子などを頂き、顔を見て、健康を確認し、
話を楽しむのだけど、三十名以上集まるんだよ。

それと碁石ヶ峰の頂上の鳥居を二十年ぶりに建替えたんだ。
この頂上は高畠と羽咋の神子原、氷見の寺尾で雨乞い神事の場所として
共同管理してるけど、昔からの取決めで高畠は鳥居の管理ということなんだ。

時代が変わって宿場の賑わいが無くなり、人が集まる魅力はなくなったけど、
中能登町民として高畠区民としてみんなでやるべき事をコツコツとやっていく中で、
在所の人が笑顔になることが一番大事なことだと思っているんだよ。(笑)


かなこの一言


宿場街道、すごく歴史を感じます。
どこか昔の名残が漂う街並み。ちょっとした
タイムスリップ感、なんだか新鮮でした。