こみみかわら版バックナンバー

第97回 中能登町良川


在所名の由来


ここは地勢的に邑知潟から続く湿地帯だったんだね。
幾筋もの川が流れ葦(ヨシ)が生え葦原が広がっていたんだ。
それで良川となったと言われているよ。


良川の歴史


古くは旧街道沿いの地頭地区、北地区が発達していくんだけど、
明治31年に鉄道が敷かれ明治34年に良川駅が出来たことで駅周辺の沖地区が発達していくんだ。
この3地区にそれぞれ集会所があり、青年団、壮年団、
婦人会があって独立した自治活動を行っているんだ。
昔は繊維の町で鳥屋だけで大小約350軒の工場があったんだ。
在所のほとんどの人が繊維に関わっていて賑わいがあったよ。
商店も40軒程あったしね。

それが昭和49年の第一次オイルショックで繊維不況が始まり、
車社会の発達で駅前も衰退していくんだけど、
幸いにも良川では平成4年から10年にかけて住環境整備事業として
国から補助を受け土地改良や道水路の改修、
公園や公共施設の建設など環境が整えられ、
更に平成9年、15年、26年と3ヶ所に宅地が造成されていったんだ。
おかげで新しい人が住んでくれて人口は減っていないんだ。


在所の自慢


良川の白比古神社は郷土史の大学教授からも評価されるほど
規模も材質も立派なものだよ。丸柱で総欅造りなんだ。
昭和10年から15年間かけて改新築したんだけど、
こんな立派な神社を建立した在所の先輩方の心意気は受け継いでいかないとね。

獅子舞は春と秋、年2回出しているよ。
地頭、北、沖の3地区が1年毎に輪番で取り仕切るんだけど、
在所が広く延長8キロ、辻祭りだけで22箇所あり御招待は受けないのが伝統なんだ。
今年の盆踊りには450人程集まってくれたけど、
古い人も新しい人も仲良く暮らしている在所だと思うね。
在所の気質として封建的な縛りが弱いと言うか、
都会的な感覚でしがらみが無いので若い人が棲みやすいんだと思うね。
そんな人たちが在所のボランティア活動に積極的に
出てくれるし本当に有難いと思っているんだ。

気にかかっていることは未整備の田んぼがあるけど、
耕作している人は高齢者が多いので、
次世代の担い手のためにも手を打っておきたいんだけどね。


まぁの一言


百聞は一見にしかずとはこのことです。
4月と10月の第3土曜日がお祭りです。
一見の価値あります。