こみみかわら版バックナンバー

第98回 七尾市中島町筆染


在所名の由来


在所の古老によると万葉集を編集した大伴家持が
この地を訪れた時に詠んだ歌に「筆染の沖に浮かべたる机島」というのがあって、
少なくとも奈良時代には筆染という名前があったということなんだ。
机島は在所の沖に浮かぶ島でね、そこには大きな平べったい石があって硯石(すずりいし)と呼ばれているんだ。
その硯石で筆を染めたという話が伝わっているのが由来かもしれんね。


昔の暮らし


海岸まで干拓した田んぼが広がり、海では刺し網、
はえ縄、蛸ガメなどでなんとか暮らしていけたそうだよ。
そんな環境だからか職人が一人もいない在所なんだ。

80年程前に私の本家のじいさんが奥原から牡蠣の養殖を
習ってきて筆染でも盛んになったんだ。
一時は海苔の養殖もしたりして、在所の半分が牡蠣貝の養殖しとったけど、
今は6軒になったね。
それと在所を通る道路が国道だったんだ。
まだ砂利道だったよ。そんな道路を観光バスがよく通っていてね、
よく家の前にバスを止めてはトイレを貸してくれと入って来ていたのを覚えとるよ。
在所にもジュースなどを売っている商店が2軒あったしね。

昭和33年に天皇陛下が能登にお越しになられたとき中島駅前からの
バイパスが突貫工事で作られて国道が移ったんだ。
おかげで今では静か通りになっているよ。


六保の祭り


豊川地区の日吉神社の大きな祭りで7月のおすずみと9月の枠旗があるけど、
そこに笠師地区の筆染が参加しているんだ。いろんな背景があったんだろうね。
能登半島の各地のキリコ祭りが、昨年文化庁の日本遺産に認定されたんだ。
六保のおすずみも拝殿での神事は奥ゆかしいもんだよ。

筆染にとっては夏と秋のこの祭りが最大の行事なんだけど、
小さな在所なんで人足にも苦労しているんだ。
昔は女の子は祭りに参加しない風習があったけど、
そんなこと言っていられなくなってね、
中島町で一番最初に女の子に鳴り物をさせたんだ。
今ではどこの在所でも女の子が参加するようになってきたけどね。

それと小さい在所は「え」を結んで人足を確保するんだ。
筆染は長浦と協力しあっているよ。
おかげで秋には六保祭と熊甲祭と2回祭りしているよ。(笑)
町会長も1期2年を順番に廻しているんだけど、
世帯が少ないだけに結び付きが強く何事もみんなで協力してやっているんだよ。


まぁの一言


丘の上の神社から眺める七尾西湾。
そこに種ヶ島と机島が見えた。
万葉の里を感じます。