こみみかわら版バックナンバー

第124回 七尾市山王町


町名の由来

山王神社がある在所だから山王町だよ、明快だね(笑)。山王、本府中、上府中、御祓、神明の5町が府中村で、昭和の初めで120軒の村だったんだ。
当時は七尾駅前で獅子舞を踊っていたと言うよ。

在所の歴史

山王神社と共にある在所だから山王神社の事を話したいけど、
あまりにも歴史が深いので大森宮司にも同席してもらわんとね(笑)。

能登建国にあたり七尾湾を琵琶湖に見立て近江国を模して町が作られていったそうだよ。
能登國の中心七尾の町を造るための守護神として山王神社、
津向町の唐崎神社、府中町の印鑰神社が建立されたんだ。
本宮神社は更に古く6年後に2200年を迎えるのだけど、
44の坊があり信仰の一大拠点だったんだよ。
信仰のためにある神社と町を造るために置かれた神社と
いうふうに考えてもいいのかもしれんね。

青柏祭は981年から始まり、1473年に畠山義統がデカ山を
奉納し大津の山王祭と京都の祇園祭が融合された祭りとして
進化してきたそうだよ。昭和3年に山王神社に鍛冶町の天王社が
合祀され大地主(おおとこぬし)神社と改称されたけど
今でも山王さんの方が馴染みがあるよ。

能登立国1300年

来年は能登國が出来て1300年だけど、その歴史は718年に能登が
越前から独立し、23年後越中に併合され、さらに16年後そこから
また分離独立するんだけど、その頃にはまだ加賀国はないのだよ。
そして畠山時代、中世北陸最大の都市として七尾が発展していくんだ。

来年は山王神社も1300年なんだ。能登建国で近江国の日吉大社が
勧請され七尾に山王神社を建立するとき神社を守る
7軒の氏子とその一族を近江から一緒に連れて来たんだ。
それがこの在所の原型で現在も梅、三野、山本、藤巻の
4軒が神社の周りに住んで神社を守っているよ。

来年山王神社の鳥居を再建するんだけど、あえて木で作るんだ。
木はやがて朽ち果てる。そしてまた作るんだ。
そのたびに七尾はどんな所かと自分達の歴史を知る
キッカケになるようにとね。歴史と伝統ある七尾に生まれ、
住んで、生きている我々は小粋な市民としてプライドを取り戻し、
この七尾を自信を持って子孫に繋いでいきたいと思うんだよ。

まぁの一言

壮大な歴史を受け継いでいる。
小粋な人が多い在所。