第158回 七尾市小島町二丁目
在所名の由来
昔この辺りは海でね、山の寺の妙観院の観音堂が建っている小山が実は海に浮かぶ小島だったんだ。
地層がむき出しているからその地肌を見ると海の中にあったことがよくわかるよ。
そんな小島があったのでこの周辺が小島村と呼ばれたんだ。
昔の在所
小島村の発祥は七軒からだそうだよ。明治22年に津向、赤浦、松百、新保、祖浜と合併して西湊村となってから小島に人が増え続けて、何をするにしても他の在所とのバランスが取れないという地域事情で昭和25年に桜川の方から一丁目、二丁目、三丁目と分割したんだ。
山の寺寺院群も小島地内にあって、かつて29あったお寺も現在は一丁目に6つ、二丁目に7つ、三丁目に3つと16ヶ寺になっているよ。山の寺は約四百年前に前田利家が小丸山城を建てた時、いざと言う時の防御陣地となるよう配置されてどのお寺からも小丸山城が見え、城と寺をつなぐ秘密の道もあって、お姫様が寺に遊びに行くときは、そこを通っていたそうだよ。
平成16年にバイパス道路建設に伴い埋蔵文化財の調査をしたら木製の人や馬、刀や弓、舟の形の祭祀具が千点以上も出土し8世紀から12世紀頃に、ここで祓の儀式が行われていたことがわかったんだ。
現在の在所
一致団結して色んな行事を行って来た在所だけど、近年は休日の楽しみ方の変化などで、行事参加も減少気味だし近所付き合いも希薄になってきたように感じているんだ。高齢化も進み安全安心の確保もこれまでの対応では限界に近づいてきているので、高齢者にはどこへ行くにも自分の名前と年齢、連絡先を書いた紙を持っていてとお願いしているんだよ。
そんな中でも壮年会が毎年5月にプランターを全戸配布してベコニアの花を咲かせてもらい11月に撤収し、総会や運動会には全員の食事を女性会が手作りで用意してくれ、お祭りでは子ども会が樽神輿で町内を回るんだ。
そんなそれぞれの姿を見ると本当に有難いと思うし感謝しかないね。老いも若きも同じ地域で生きる者として夢と誇りを持ちこれからも全員野球でこの町を支えていければと願っているんだよ。
あきこの一言
千年前に御祓いの儀式を行い、
四百年前にお寺が並ぶ。
神仏のご縁深き在所、ゆえに栄えあり。