こみみかわら版バックナンバー

第159回 七尾市清水平


在所名の由来

伝わっている話だけど、七尾城でお茶に使う水を馬に乗ってここまで汲みに来ていたそうだよ。
ここは山中に清水が湧き出ていて、昔から今でもその水を在所の生活用水として使っているんだよ。城山に近い山方(やまかた)の在所は戦禍で在所中が焼き払われているそうだけど、
ここは水源のひとつだったことから狙われたというふうにも聞いているんだ。

昔の在所

元々十三軒の在所に明治時代に庵から鷲尾さんが入って来て十四軒の在所になったんだ。人口は明治時代がもっとも多く百七人と記録にあるけど、私が子どもの頃でも八十人は超えていたよ。
清水平は山方四ヶ村の小栗、柑子山、麻生の真ん中に位置するので明治十四年にここに小学校が出来たんだ。清水の湧き水をポンプで汲み上げて使っていたね。直線で50mの運動場もあったけど今は竹薮になっているよ。

尋常高等小学校に進むには庵まで出なければならなく山方四ヶ村の子どもは遠いので、在所の平山さんが佐々波の飯山さんを先生に向かえて自宅前に塾を作ってくれたんだ。ところが在所のお地蔵様がちょうど塾の軒下になってしまい移設したんだ。その時に私の祖父さんの弟が大工をしていたもんだから祠をこしらえてくれたんだけど、そんなご縁もあって今は私の家でお守りしているよ。

九州に嫁に行った娘が気にかけてくれて昨年石の祠に建て替えてくれ新しくなったよ。十四世帯という数は全員が協調しないと在所が持たなくなるので、そのための知恵だと思うけど、人の道を踏み外さないよう戒めの賞罰台帳をつけていた時代もあったんだよ(笑)。

現在の在所

昨年まで三世帯六人だったけど、だんだん寂しくなってね。八十歳を回って昔の事を思い出す事が増えたけど、岩田さんとなんとか清水平で暮らしを続けていると言うことだよ。
十年前、七尾で五人が最初に猪を捕獲する免許を取ったけど私もその一人でね。体長80㎝以上の猪を県と市とで一頭一万円で買い取ってくれるので檻を三つ仕掛けているんだ。これが唯一の現金収入だよ(笑)。
一番の気がかりは在所の土地がどんどん荒れていくことなんだ。牧草地にして木が生えないようにしておきたいと思うけど…。まぁ、時代の流れに身を委ねていくしかないようだね。

あきこの一言

人は営みを続け時代を生き抜く
今を生き抜く2世帯が暮す在所