こみみかわら版バックナンバー

第168回 七尾市沢野町


町名の由来

鎌倉時代には沢野村があったそうだけど由来となるとよくわからんなぁ。
尾根沿いの在所で川が無く沢が流れているので地形的に沢野になったのかもしれんね。
それと戦国時代に畠山の家臣でここの在地領主として沢野殿がいたそうだけど、その沢野殿がずっと以前からここを支配していて、その苗字が在所名になったのかもしれんしね。

昔の在所

城山からの尾根沿いに、松尾、上沢、中村、栢戸(かやど)と広範囲に四つの集落が点在するけど、お寺を中心にして成り立ってきた在所だよ。
在所の真證寺が五百二十年以上経っていてほとんどが門徒だから、仏事を中心にまとまっていたんだろうね。

特産品は昔からごぼうでね。土壌が適しているので大きいごぼうが育つんだ。
江戸時代には藩主前田家へ献上したごぼうが加賀藩の特産品として徳川将軍家にも献上されたんだよ。

沢野ごぼう

今では太いごぼうが有名だけど、最初その価値がわからなくて公設市場に細い普通のごぼうを出荷していたんだ。市場では群馬産が人気で沢野のごぼうは売れなくて、花を買った人におまけにつけて配っていたくらいだったよ(笑)。
そんな時、中日新聞が山に捨ててある太いごぼうを撮影して記事にしたら加賀屋総料理長の宇小さんの目に止まってね、すぐ持ってきてくれと連絡があったんだ。

私と白井さんとで細くてきれいなごぼうを何十本も持っていったら、違う!と言われてね。料理に使うのだから京都の堀川ごぼうのように太いごぼうが必要だと教えてもらったんだ。

それで沢野ごぼう生産組合では太さ三センチ、長さ七十センチを沢野ごぼうの規格品とし、みんなでなんとしても沢野ごぼうを世に出したいとグリーンツーリズムなど様々なプロモーションを試みたら知名度が上がったんだよ。

伝統の寸劇

祭りの余興で小四から中三までの男の子だけで演じ、ラッパ、警察官、お猿のかごや、でかんしょ、桃太郎などの演目で全部に教えがあるんだ。祭りに演じると祝儀をもらえてね、翌日には集った祝儀でお菓子を買ってリーダーが分けるんだ。子供の自治なんだよ。

百海や庵の海にみんなで歩いて海水浴にいったりして上下関係を築いていたんだね。
そんな中で事の善悪を学んでいくんだけど、子供が少なくて二十五年前に寸劇が出来なくなったんだ。
伝統が途絶える事は寂しいけどね。この先とにかく平和で暮されればと願うのみだよ。

あきこの一言

ごぼうを作って、お参りし、
祭りを楽しんだ山の在所。