こみみかわら版バックナンバー

第198回 七尾市旭町


在所の由来

旭町は池崎と東三階の山林五十町歩を開拓して昭和二十九年にできた町なんだよ。命名の由来は分からないけど、新しい町なので、朝日が昇るように輝かしく、希望に満ちた将来をイメージしてつけたのではないかと思えるね。

昔の在所

昭和十九年、温井の多村重二さんが最初の入植者なんだよ。私の祖父も多村さんに付いて一緒に入植しているのだけど、最初は三世帯で開墾を始めたらしいね。
第二次世界大戦の敗戦で一時中止され、昭和二十一年から再び十七戸が入植して開拓が始まったんだ。

ジャガイモやトマト、スイカなどのいろんな野菜を栽培していたようだね。
私の家は葉タバコの栽培もやっていたけど大変な作業だったよ。種から一本一本の苗を作り、畑に植えて、マルチを張って霜の無い時期にマルチを外すんだ。ただここは霜が強い場所で当時は五月でも霜が降りたからね。葉タバコは熱帯性植物なので霜には弱いからマルチを外しても月が高くて気温が下がってきたら「まずいなぁー」と言って夜中でもマルチを張りに出かけていたよ。
葉タバコはものすごく苦いので畑の中には蛇はいないけど、青虫がつくんだよ。葉のヤニで手は真っ黒になるしね(笑)。

当時は葉タバコを乾燥させるのに専用の土蔵があったんだ。蔵の中に縄を張って葉をいっぱいに吊るして、三日三晩、蔵に泊まり込んで床下で薪を焚くんだ。乾燥した葉を家で選別して矢田新の専売公社の検査場へ持って行くんだけど、一等級、二等級は良い値がつくのだけどなかなか取れないんだよ。
父がコンパクトな電気乾燥機を購入して一年目に病気になってね。それで昭和五十九年を最後に旭町から専業農家がいなくなったんだ。

現在の在所

住んでいる人は全員入植した家の人たちなんだ。昭和四十三年くらいにほとんど勤めに出るようになって、今では自家菜園を楽しんでいる感じだね。開墾した畑の多くに杉を植林してまた山に戻ってしまったよ。

みんなで力を合わせて山を拓いてきた歴史があるから在所ごとはみんな協力的だよ。
今年も神社と集会所の屋根を直したんだ。昭和四十五年五月二十二日に宮が落慶したのでその日が春祭りなんだ。奉燈も二十年くらい前まで曳いていたけど、今は六十代以上の世帯ばかりになって花見と夏まつりで一杯飲むようにしているんだ。

新しい町だけど我々にとってはここが愛すべき故郷なんだよ。

あきこの一言

閑静な通り、手入れされた菜園
穏やかな空気、旭の在所