こみみかわら版バックナンバー

第200回 和倉中町


在所名の由来

温泉が湧く浦ということで古くは湧浦と呼ばれていたそうだよ。江戸時代に和倉に改めたらしいね。

和倉には現在七町会あるけど、元町、中町、東町が元々の和倉なんだ。元町は旅館や商店が多く、中町はお寺や神社が在り、東町は住宅が多いよ。中町の由来は元町と東町の間に挟まれているから中町だと思うね。

昔の在所

和倉で最初に温泉が発見されたのは平安初期で薬師岳の湯谷(ゆのたに)なんだ。ホテルなおきの社員寮があった裏山あたりでね。それが二百年程したら湯脈が海中に変わって海から温泉が湧くようになったと言われているんだよ。

明治四十二年、大正天皇が皇太子のとき七尾に行啓されたときに休憩所として建てられた御便殿が青林寺と信行寺に分けて移築されたんだ。青林寺のは京都二条城と同じ二重織り上げ天井で栃の木で作られ、廊下は秋田杉、柱は木曽の檜で、全部一流の材料で凄いよ。

子供の頃には路地裏の千鳥横丁もおでん屋や居酒屋、スナック、映画館まであって賑わっていたけど今は一軒もなくなったよ。

現在の在所

和倉七福神や御便殿があり観光客も散策するので中町の道路は緑色に舗装してもらったんだ。山裾の町内なので落ち着くかなと思ってね。

元町と東町と山に挟まれた町内だから住宅地が広がらないんだ。だから住民は昔からの顔なじみばかりでね。六十五歳以上の高齢化率は四十五パーセントに達しているんだよ。みんなの憩いの場が必要という事で旧和倉保育園の跡地に和倉中町公園を作ってもらってそこを町会で管理しているんだ。

年一回の花見をみんなで楽しんできたけど、もっと顔を合わせる機会があったほうが良いと思っていたら、家内が介護予防のグループデイ「なごまんかいね」を発足してくれてね。会員は町内を中心に二十名ほどいて週二回集まって折り紙やゲーム、カラオケに体操、地域行事に参加したりして楽しんでいるよ。ほとんどの高齢者が集まってくれるので元気度合いが分かり、町会としても助かるよ。

今年十周年を迎えたので先日和倉のコミセンで和倉地区社会福祉協議会の小田禎彦会長を招いて「残された時間を楽しく過ごすために」と記念講演をしてもらって式典を行ったところなんだ。高齢化はしょうがないけどみんな顔なじみで人情味があって良い人ばかりだから、この繋がりを大切に続けていくことが中町としては何より大事ことだと思うね。

あきこの一言

湯の街に、和んで暮らし
絆を大切にする在所あり