こみみかわら版バックナンバー

第218回 七尾市 百海


在所名の由来

奈良時代頃の話なんだけどね、海に白い鳥が息絶え絶えで流れ着いていたのを、この地に来ていた百歳の翁が、その白い鳥を「いかけ」という竹で編んだ籠ですくい揚げたら薬師如来観音が現れたというんだ。

翁が着いたところを百海と称し、鳥をすくい揚げたところを白鳥と名付け、その薬師如来を伊掛山の上に寺を建てて安置したという伝説なんだよ。

それで隣在所が白鳥で、ここが百海になったんだね。

昔の在所

半農半漁なんだけど、海の恩恵に預かってきた在所だよ。

今は岸端定置網組合の定置網としてやっているけどね。昔は十一月に網を設置して三月頃までのブリ漁だったんだ。春から秋は畑や田んぼをしていたんだ。網の岡仕事で夏場にコルタールを塗ったり、おもりの代わりに土のうに砂利を詰めたりする仕事があって若い衆や婦人会が小遣い稼ぎをしていたもんだよ。

定置網の合間にモッタリや車エビの刺網をして、タコ、サザエ、サヨリ、イカ釣りもしてたよ。モッタリとは個人でやる小さな定置網のことで網を守るからモッタリというらしいね。

その昔はタラもいっぱいとれたんだよ。十数人でつくるタラ刺網組合があって組合員が一日おきに交互に漁に出ていたんだ。母ちゃんたちがタラを背中にかついで山道を歩いて七尾へ行商に出かけていたなぁ。

漁場がいいのも山からミネラルが流れてくるからなんだ。だから山も大事なんだよ、伊掛山のお蔭だね。

今の在所

伊掛山山腹に建つ伊影山神社の銀杏は県の天然記念物で幹回り十メートル以上あり県内最大なんだよ。神社までは千枚田に負けないくらいの段々の田んぼだったんだ。耕作放棄地にならんように田んぼや畑の他に菜の花やコスモスを植えたりしてきたんだ。

集会所は旧庵小学校の理科室を移築し講堂の舞台も運んでね。演劇や子供の踊りをして文化祭みたい事をしたり、五つの班対抗の運動会をしたり、冠婚葬祭は在所中で行うし、結婚式は一週間も招待客を呼んでやっていたね。最後の招待客は地元壮年会でね。

婦人会とは別に嫁さんたちの婦女会もあって何をするにも勢いがあったけど、今は六十代が若い衆だよ(笑)。

祭りは獅子舞も神輿も出さずに宮参りだけになったけど、自然の中、一年を通して山と海の恵みの中で暮らせるので豊かな在所だと思うよ。子供から年寄りまで参加する行事をして横のつながりを大事にしていきたいね。

あきこの一言

灘浦海岸に立山連峰
山海の幸に恵まれし在所