こみみかわら版バックナンバー

第102回 私の仕事は『看護師』です。


この道を歩む

仕事歴31年 種谷 敦子さん 52歳

キャンディ♡キャンディ

「笑顔が変わらないなぁー」と二十五年ぶりにお会いした元患者さんに言って頂きました。
私が能登病院に勤め始めた頃、病棟で「その笑顔で元気になれるわー」とよく言ってくれた人です。

私は神奈川県川崎市出身ですがご縁があって七尾へ嫁ぎました。
看護師になるきっかけは小学生の時、少女漫画なかよしに連載されていたキャンディ・キャンディの従軍看護婦の話を
読んで憧れ、その時に自分は将来看護婦さんになるんだ!と決めました。
高校を卒業し迷わず北里大学病院付属看護学校に進みました。
お転婆で世話好きな一人っ子の私は、とにかく小さな子供が好きだったこともあり
卒業と同時に北里大学病院の小児病棟に勤務しました。

小児病棟

幼児病棟に配属され保育園児くらいの子のケアをします。
骨折、白血病、心臓病などの入院患者には、家族は面会が出来ても付き添う事は出来ません。
病棟の看護師は時には保母さんやお母さんの役割で子供たちに接し病気と成長を見守ります。
生まれてから一度も病院を出た事のない子を散歩や幼稚園見学に連れて行くうちに家族同然に成長の喜びを
感じるようになり、今でも交流が続いている家族もあります。
子供たちに頼りにされるので頼りにされる努力を惜しみませんでした。

夜の見回りの時泣く子をおんぶして回り、本を読み聞かせ通常の生活に近い状況を作り
笑顔を絶やさないよう心がけました。
ご家族にも子供たちにもどうやって安心してもらえるか?頼られるためにどうするか?、
を考え続けた三年間でしたがそれが私の基盤となりました。
能登病院が平成十二年に現在の高台に移転した時、
小児科の清酒外文先生と古田揮美子婦長と一緒に小児科病棟を立ち上げました。
昔の経験を活かして子供たちが安心できる病棟を目指し、病室はクマさんの部屋、ゾウさんの部屋などとし、
プレールームには季節ごとに飾りつけをしました。

ドクターヘリ

小児科勤務が多かったのですが現在は救急救命と認定看護管理者として仕事をしています。
前院長の橋本正明先生が「能登の命も都会の命も同じ」、都会で出来る事は能登でも出来るように
頑張ろうなと言われ十年も前からドクターヘリの署名活動を行ないました。

ようやく昨年九月に石川県ドクターヘリが導入され珠洲から救急車で二時間弱がヘリなら十五分間で到着します。
救急救命はどんな患者さんが運ばれてきても助けなければという使命感が強くチームとしての一体感があります。
治療中に看護師の勘が働くことがありますが、あれっ?と思ったら必ず立ち止まり、
必ず口に出して二人で確認します。大きな変化ではないけれど、何かが潜んでいる場合があるからです。



ドクターヘリ

地域医療

若い人がどんどん都会に出ていきますが、自分が生まれ育った故郷がここにあります。
父母、祖父母、友人の命を守るのはここに生まれ育った人間が良き人材となって担うことが大切だと感じています。
時代の変化に合わせて若い医療従事者が活躍しやすい環境や、地域の人々が暮しやすい医療システムを早急に築かなければならない時代に入り課題も山積みです。

そして看護師には夜勤があり、また災害が起これば家庭を置いてでもやらなければならない使命がありますが、
家族の協力があってこそ仕事に打ち込めます。
本当に家族には感謝しています。



公立能登総合病院
☎0767-52-6611