こみみかわら版バックナンバー
楽器をやろう! 七尾東雲高等学校 吹奏楽部
はい!七尾幼稚園の園長です
タカラスタンダード株式会社 能登ショールーム
第33回 中能登町羽坂
町名 羽坂の由来
大昔、羽咋市の鹿島路にある邑知潟は、良川から一青付近まで広がっていたと言われ、その邑知潟に住んでいた毒蛇(大蛇)が、人々を苦しめて困っていたのを、鳥屋比古神(鳥屋比古神社)が退治した。その時に射た矢が落ちたところが、この地であったことから羽坂とつけられたと神社ご由緒などに記載されているね。
昔と今
かつて織物の町として栄えていたが、今では一軒もいなくなったよ。 住民の半数が兼業農家で、ほとんどが勤め人の町だね。
人口と戸数の推移
現在 人口317人 戸数111戸 昭和30年代 468人 戸数89戸 人口はわずかに減っているが、戸数は増えているよ。
羽坂の自慢は
土地や風景とかでなく、なんといっても、区民の絆「ふれ合い」が自慢。 壮年団、女性会、子ども会など、一時期会員が減少して存続の危機もあったけど、最近は会員数も増えて、 活動も盛んやね。 特に老人会の活動が活発で地域からも注目されているよ。 10月に行われる区民感謝デーでは、各組織の協力のもと、羽坂区民全員が朝から盛大にばか騒ぎをするんよ。 区民相互のふれ合いが羽坂のもっとも自慢したいところやねー。
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- 中能登町羽坂
私の仕事は“自衛隊の広報官”です
自衛隊の広報官とは
わたしの場合は、自衛隊を目指す皆さんに受験から採用、入隊までのお手伝いをさせて頂きます。また、皆さんと自衛隊との交流を広げる仕事です。
きっかけ
高校の時に、七尾の港まつりで自衛隊の艦が入港しました。
その際に、体験航海をさせてもらった時に「自衛官ってカッコイイッ」
その憧れで入隊を決意しました。
入隊して
とにかく訓練の日々、「カッコイィッ」という憧れから一転、現実は厳しかったです。「もうだめっ 逃げ出したいっ」そう思った時、一緒にがんばってる仲間がいました。
「支えてくれる仲間がいて、支えたい仲間がいる」だから、頑張り通すことが出来ました。
うれしかったこと
入隊して一年【初志貫徹】カッコイイ自衛官に見初められて結婚しました 笑
広報官に
「子供が生まれた際に自衛官を退官しましたが、自衛官のすばらしさと魅力を伝えたい」そう思って、今度は広報官になりました。
大変なこと
思いのほか仕事がたくさんあって、この地域で行われる自衛隊の行事の支援や、雑用がたくさんあって忙しくしています。
仕事のよろこび
「自分のお世話した方々が自衛隊に入隊し、立派になった姿を見た時!」これにつきます。大袈裟かも知れませんが、その方々の人生の岐路に立ち会っているんですからね。
自衛隊の意外な世界
自衛隊には、中学卒業から入隊する、自衛隊の高校みたいなものがあります。
手当をもらいながら高校卒業の資格がもらえ、将来は自衛官!!
いち早く自衛隊に入隊したい方にお薦めです。今年は七尾市からも入隊した方がいます。
未来
私は、皆さんと自衛隊の交流できる機会を最大限に生かし自衛隊の素晴らしさを全力で伝えたいです。
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- 自衛隊の広報官
- 自衛隊石川地方協力本部七尾出張所
七尾サンライフプラザ児童センターにて クリスマスリースを作ったよ♪
能登部 イルミネーション
ミナクル クリスマス写生大会 こみみ情報局賞受賞のみなさん
はい!店長です♪-癒しところ 凛-
よさこい 天鳴覇
第32回 七尾市国分町
町の歴史
843年に国分寺ができたんやけど、そのもっと前の弥生時代から人は住んでたみたいやね。 国分寺がある町で、昔は「コクブン」とか「コクボ」とか呼ばれ、現在は「コクブマチ」というようになったよ。
のどかな農村地帯
自分の小さいころは今よりのどかな農村地帯でね。川で泳いで、畑でスイカを貰ったり、刈り取った田んぼで野球をしたりしとった。 七尾駅の後ろ側っていうのは拓けていなく、昔ながらの家が並んどった。町民みんなで共同体となって農業を助け合ってきてたよ。
現在
知っての通り、藤橋バイパスが開通し、交通の便が良くなったんよ。 田んぼをつぶして商業施設やアパートなんかも多く建ち、近年一気に賑やかになった町やよ。 現在人口は約750人で、世帯数が280くらい。 能越自動車道の七尾ICもすぐ近くに出来るし、今後は国分町が七尾の中心になるんじゃないかな?笑
国分町の選挙!?
国分町は町会長選挙があるんよ。推薦者5人を立ててね。 2期まで任期は可能なんよ。まあ、町会長さんはボランティアみたいなもんだけどね。笑 それでも選ばれて町会長になると責任ってもんがあるので身が引き締まるよ! これからも、国分寺遺跡を守りながらもっと住みやすい町づくりを目指して頑張っていきます!
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- 七尾市国分町
旧能登島フェリー乗り場
ダンスをしよう! KIDS@CNI
はい!石倉商事です♪
矢田郷地区子ども会会長
私の仕事は“幼稚園教諭”です
幼稚園教諭とは
わたしの場合は、保護者の皆様と共に、未来を担う子供たちの幼児教育をすることです。
きっかけ
保育所年長の時に担任の先生が大好きで、私も幼稚園の先生になりたいと子供心に憧れました。
三年前にその先生と再会し、私のことを覚えていてくれていたんです。うれしかったです。
進路
幼稚園教諭養成機関を出て、聖母幼稚園に就職しました。
最初の仕事
三歳児、1クラス16名の担任になりました。未熟な私を「先生」と初めて呼んでくれました。
保育者として、何もわからない私を温かくまた色々教えてくれた保護者の皆様には今も感謝しています。その時の子供の写真立てを、ずっと飾っています。
つらかったこと
一番つらいのは、子供に怪我をさせることです。苦手なのは、ピアノです。上手に弾けないと家でイライラすることも…。裁縫も苦手です。衣装作りでは深夜、明け方までかかることもあります。
仕事のよろこび
子供たちの笑顔に会えることです。朝、シユンとしている子がいると一日その子が気になります。
また、行事など子供たちと力を合わせて頑張ると連帯感が生まれ、年長クラスになると成功を喜び合うパートナーです。
幼稚園教諭の意外な世界
庭のお手入れ、工作、大工仕事など、いろんな仕事があって、実は何でも屋さんなんです。
日々
幼稚園教諭として19年。フレッシュな気持ちで、日々、子供たちから学んでいます。
憧れの大好きな仕事についている私は幸せです。
住所:七尾市南藤橋町子58
電話:0767-53-4585
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袖ヶ江地区 広報委員のみなさん♪ 地元のために頑張ってます★
明治の館(室木邸)
第31回 七尾市矢田新町

七尾港に面し、大谷川を中心に西と東に拓けた大きな町です。
矢田新町町会長の藤井博義さんにお話を伺います
町の歴史
明治に矢田新村って表記がされとるね。そのあとに矢田郷村になって、昭和に入って七尾市が発足して矢田新町になったんやわ。
七尾鉄道発祥の地
矢田新町は「七尾鉄道発祥の地」でね。七尾港には船で奥能登からの荷物がたくさん入ってきとってね。そこから荷を運ぶのに矢田新駅が出来たんやわ。それが七尾駅の前身やね。のちに七尾港駅に名前を変えて昭和40年ごろまで使われとったわ。昭和の初めごろはこの辺は工業地帯でね。製材所・鉄工所・鋳物工場・造船所があってね。県の貸倉庫もずらーっとならんどったよ。
現在
世帯数約400あって、人口は1040人くらいやね。国道沿いに昔からの家があって、その周りに若い新しい世帯があって、新旧入り混じる大きい町やね。ドラッグストアやらJAさんやら便利なお店がどんどん出来て活気がある町やよ。うちの町会はこの辺では唯一町で神社を持っとってね。神社でこの辺では珍しい獅子舞を秋祭りでやるよ。正月は初詣でにぎわうし、左義長もしとるよ。活動としては、子ども会・青年会・壮年会・婦人会・老友会と沢山の集まりがあってね。活発に行事をやっとるよ。会ごとの旅行があるし、町会でも旅行に行くよ。人数が多くても一致団結でやっとるね。
けいこの一言
見どころいっぱいで散策が楽しかったです。