こみみかわら版バックナンバー

日本一大きい七輪(食祭市場)


重さ1t、高さ1.5m、七輪百個分です。
珪藻土で作られていて、能登は全国一の埋蔵量を誇ります。

昭和3年に耐火断熱レンガ国産第1号が作られ、後にコンロやカマドも作られました。
昭和30年代には製造会社が20社以上あり、七尾の重要産業として栄えました。


第56回 「輝け!郷土の星」硬式野球の竹内駿介くん(能登香島中学3年)


第48回日本リトルシニア日本選手権大会出場

リトルシニア、中学生の硬式野球チームで全国に550チームある。2万人を超える選手が所属し、甲子園出場はもちろん松坂大輔や大谷翔平など多くのプロ選手を輩出している。駿介くんが所属するのは金沢リトルシニアだ。

7月の東海大会で16年ぶりの優勝に輝き全国大会へ出場を決めたが、5試合のうち4試合が1点差でつかんだ勝利だった。その立役者が投打で活躍したエースで3番バッターの駿介くんだ。
172㎝、80㎏の体格から投げる速球は137kmを測定している。

メジャーリーグを目指す

小2から軟式野球を始めた。石崎メッツ(現石崎ヤンキース)に入り、小6の時には七尾市の大会すべてに優勝、県大会もベスト4だった。小5の時から将来の夢はメジャーリーグと決めていた。一歩でもプロに近づきたいと6年生最後の試合を終えたその日に、かぶとやスポーツで硬式ボールを買った。

中学に進学、プロを目指す覚悟で金沢リトルシニアへ入団。練習は土日祝、朝から夕方まで厳しい練習が続く。金沢の球場までの送迎は両親、祖父母が担う。

チームの坂上大介監督は星稜高校出身で星稜高校の林監督とは同級生。県内でも練習は厳しいと評判のチームだ。 部員数は25名と少数だが、本当に強くなりたいと想いを共にする仲間たちだ。 駿介くんに触発された1学年下の弟、双子の大介くんと謙介くんもチームに加わった。

平日は父が作ってくれたバッティング練習場で自主トレを行い、学童野球の石崎ヤンキースへ出向き小学生の指導もする。目指すはオリックスのエース山岡泰輔選手だ。ピンチで動じることなく小柄ながらグッとくるストレート、縦スライダーで打者を翻弄する姿がかっこいいと憧れる。


初志貫徹

志ある球児は甲子園を目指し、次にプロ野球を目指す。そしてアメリカのメジャーリーグへと思いが巡るだろう。

駿介くんは最初から日本より世界で活躍したいと思ったと言う。何となく始めた学童野球だったが、何かが宿ったのかもしれない。だから厳しい練習でも野球が出来る事が楽しくてしょうがない。

気が優しくて繊細な一面もあり、試合では応援に応えなければとプレッシャーがかかる。が、最高のパフォーマンスを発揮できれば御の字だ。何があっても命まで取られないから大丈夫と、プレッシャーまでも楽しみに変えてしまう精神力だ。

いかなる状況においても常にポジティブに立ち向かい、苦労が大きいほど喜びも大きく、その瞬間を生きていることを実感すると言う。中学生離れした精神とパワーを備えた駿介くんに驚かされ、そして期待が膨らむ。
初志貫徹!メジャーリーグを目指して頑張ってもらいたい。



日本エアートラベル


日本エアートラベル 佐藤 奈央(さとう なお)さん 32才 A型

昨年、地元神奈川から七尾に移り住み、前職でもあった旅行業に携わりたいと考え、日本エアートラベルに入社しました。 まだまだ石川県について知らない事も多く、苦戦しながらも地域の皆さまのあたたかさを感じ、日々楽しく勤めています。

これから石川県の事をたくさん知って、まだ知らない方・馴染みがない方にも石川県と能登の魅力を伝えていけるよう頑張ります!

住 所:石崎町香島2-164-2
お電話:62-2680


七尾東雲高校 ウエイトリフティング同好会


今年度、全国を知る岡田先生のもと「青春×ウエイトリフティング=人間力」を合言葉に発足しました。

筋力があればできると思っていましたが、イメージとは違い悪戦苦闘しながら練習に取り組んでいます。
器具が揃わず不十分な環境ですが、ハングリー精神で日本一や自己新記録を目指し、
これからも全力で楽しんでいきます。

顧問:岡田英典先生

主将:西田遥奏くん


向田町雨乞太鼓保存会


火祭りのある能登島向田地区に古くから伝わり、保存会は昭和63年8月に設立されました。

伝統ある太鼓の音色やパフォーマンスの継承、伝統にプラスアルファした新しいスタイルへも挑戦し、未来へのつなぎ役として日々切磋琢磨しています。

伝統をしっかり継承しながら、一人一人の個性を大切にした音色を響かせたいです。

会 長 三浦 純一さん 

指導者 花園 陽一先生


温故知新 第10回 染物屋


岩井元次さん(84歳)

今も敷地に残る高い煙突を見上げ、石炭を焚くことが一日の始まりだったよと懐かしむ岩井元次さん。往時の賑わいがなくなったけど馴染みのお客様の顔が見られることが楽しみで店を続けていると言う。

岩井さんは染物屋の三代目として生駒町に生まれる。祖父の岩井元吉が明治に創業し、父の敬次が跡を継いでいた。祖父と父の名前から一文字づつ貰い染物屋の跡取りとして育てられた。

染物屋

あの等伯も畠山家臣の奥村家に生まれ、染物屋の長谷川家の養子となり絵を学び始めたというから染物屋の歴史は古い。元次さんも子供の頃から手伝いをし、小島町にあった商業高校を卒業し家業に就く。

当時はまだ着物文化が色濃く残っており、人生の節目や晴れの日に多くの女性が着物を身に着けた。紋付、付け下げ、色無地などは白い反物を染めて仕立て、留袖や訪問着などの絵羽柄の模様づけは金沢か京都の友禅染に出した。

染物屋のことを紺屋とも言いうが、昔は紺色に染める藍染職人のことを言った。「紺屋の白袴」というが、これは「医者の不養生」と同じように専門家なのに自分の事には手が回らないという意味で使われる。そしてもう一つ、白い袴を汚さずに仕事をするという染物屋の職人気質を表している言葉でもある。



岩井屋染物店

1反が12メートル。着物になるまでに染物屋では染色、湯のし、洗い張りなどの工程があり、たくさんのお湯が必要になるのでボイラー免許を取得して毎日2時間かけてお湯を沸かしたと言う。
かつては1日に7反、8反と持ち込まれ、長い反物を敷地の奥庭までいっぱいに引っ張り天日干しにし、仕事と生活を混在させ暮らしてきた。

当時の女性は着物を楽しんでいたと言う。着物は三回の染め直しが出来るのだ。若い時の桃色の着物も歳を重ねると袖を通しにくくなる。そんな時に染物屋に持ち込み、糸を解いて脱色し、新たな色に染め直し、湯のしをして、もう一度仕立て直すと着物が生まれ変わる。いわば染物屋は着物のリフォーム屋だったのだ。

みんなが着物を楽しんでいた時は去り洋服の時代になった。綿や絹は染めるが合繊は色が定着してくれない。体が利かなくなり根気も無くなってきた。それでも着物を楽しむ人がいる限り、七尾唯一の染物屋として使命を果たさなければと思っている。

着物文化

女性に人気の花嫁のれん。僅かな生地を染めた一枚の暖簾に秘められているものは何かと考える。生地の肌触りや絵柄の美しさだけではない。それは母の娘を想う心が詰まっているからだ。手塩にかけた娘、嫁に出すということ、嫁になるという事の意を知る母が、娘の幸せを一枚の暖簾に託し願う。楽しいばかりではない人生。深夜、一人箪笥の前に座り暖簾を出して見つめ、手を握りしめ涙する娘の姿が見える母。

暖簾と共に嫁ぐ娘に持たせた着物も、多くは母の着物を染め直し、仕立て直したものが多かった時代。そんな女性の節目に関わってきた染物屋が一番に覚えることは生地の強弱を見極めることだった。箪笥に眠っている着物、面倒でも年に一度は土用干しをしておいてほしい。手入れさえしておいてもらえば、着物と母と祖母の思い出はいつでも蘇させることが出来ると言う。

着物の楽しみを教える人が少なくなり、箪笥を開けなくなった時代。全国で肥やしとなっている着物はおよそ20兆円にもなるという。なんとしても日本の誇れる着物文化を繋がなければならないと言う染物屋の顔には、まだまだその一翼を担っていく覚悟が見えた。



ダシの三幸


ダシの三幸 平下 璃奈(ひらした りな)さん 28才

ダシの三幸に入って今年で2年目になります‼
常連のお客様も増えてきて 「ここのお出汁美味しくて買いに来たよ」と聞くたびに、
すごくやりがいを感じます‼

毎日美味しいお出汁をみんなに飲んでもらい、ニコニコ元気な1日を過ごしてもらえたら嬉しいです‼
ダシの三幸を全国的に分かってもらえるように毎日精進していきたいと思います‼

住所:府中町員外 食祭市場1階
お電話:58-6158


はい!社長です-一本杉 川嶋


一本杉 川嶋 川嶋 亨(かわしま とおる)さん 36才 A型

『人と人との繋がりを大切に生きる』料理を通して生産者さんとお客様の架け橋に。

能登は文化や自然、そして食材の宝庫です。 素晴らしい食材だからこそ、あえてシンプルに。
食材の持ち味を最大限に引き出すことを常々考えております。

美食の街、小さな世界都市七尾を目指し、料理人として街の人たちと共に生きていきたいです。
記念日、特別な日のお手伝いもさせて頂きます。

住 所:七尾市一本杉町32-1
お電話:58-3251


第186回 中能登町瀬戸


在所名の由来

このあたりには朝鮮から伝わった須恵器という陶器を作っていた窯址がたくさんあるんだ。
全国的に須恵器を焼いていた場所の地名に陶(すえ)のつく所が多いらしくてね、
ここも初めは陶戸(すえと)と呼んでいたのが、(せと)になっていつの頃かに瀬戸という字に
変わっていったのでないかと言われているんだよ。

昔の在所

半農半林業で暮らしてきた在所でね、大正時代の尋常小学校の頃から学校林があって、
それが新制中学校にも引き継がれて以後実地教育として植林や下草刈りなどの活動をしていたんだ。
それと卸山という制度があって雑木林のない近隣の在所には薪(たきぎ)を調達する山を貸して
山手米といって御志納を貰っているんだよ。

奈良時代から治安維持の軍団が全国に設置されていくのだけど、能登国の軍団は瀬戸の在所に置かれたんだ。
当時能登の国府は七尾の古府にあり、富来の福浦港には渤海国より船が出入りしていたので、その中間に
位置する要衝だったんだね。その軍団址を実年会が毎年草刈りしているんだ。
名水の湧く十劫坊は畠山家臣の菩提寺だったけど七尾城落城の二十四年前に内紛で焼失しているんだよ。

現在の在所

眉丈山系からの水が良いのでおいしいお米が出来るし、大谷内川にホタルが舞う光景もすごいよ。
二十二町歩の圃場整備も、春先から猛禽類が巣を作り子育てを始めたので工事が少し遅れたけど
今年度に完成するし、環境保全にと今年からヤマメの稚魚も放流したんだよ。
お寺が無い在所なので説教場を作って年三回の朔日講(ついたちこう)を行っているけど三十人以上
集まるので説教に来るお坊さんがお寺より集まるとびっくりするんだ。

今は説教場を取り壊して瀬戸会館に場所を移しているけど班ごとの当番制でお世話をし、
毎年八月二十七日の風の神様、お諏訪様のお参りには一軒一軒が当番制でお世話してるんだよ。
過疎が進み心配な中だけに在所の人が少しでも集まり、盛り上がれるようコミュニティの場を
増やしたいと思ってね、コロナ禍ではあるけど感染予防に気を付けて百歳体操も送迎をして
若い世代も含めて再開したところなんだ。

まなかの一言

豊かな自然と数々の歴史、
のんびり暮らせる素敵な在所。


椎のご神木(實相寺)


山の寺、日蓮宗の本源山實相寺の裏庭にある樹齢700年の御神木です。
妙蓮大善神とも天狗が住むともいわれ、一生のうちで唯一1回だけ願いが
叶えられると伝えられています。
お寺は1566年に日順上人が開山したと伝えられています。


第55回 「輝け!郷土の星」硬式テニスの前田ミチルさん(七尾中学3年)


全日本ジュニアテニス選手権2019石川県大会(U-14)で優勝

北信越大会でも3位入賞のミチルさん、小学生の時には日本プロテニス協会主催のニュージェネレーションテニス北信越地区予選で1年から6年まで最優秀選手賞に輝き、その全国大会でも3年連続優秀選手賞に輝いた逸材です。

お母さんが高岡市立中学で外部講師として、またスポーツクラブでソフトテニスのインストラクターをしていたことから物心がついた時には小さなラケットとボールを持たされ遊んだことがテニスの始まりです。

プロ選手を目指しテニス漬けの生活を続けて来ましたが2018年に転機が訪れます。元プロテニスプレイヤーの花井俊一郎さんが七尾を拠点に硬式テニスの普及を始めた事を知り、プロになる夢を実現させたいと覚悟を決め家族でお母さんの実家へ引っ越しました。

どん底を味わう

しかし七尾で辛い経験をします。中学生になりより厳しい練習を課して頑張っていたのですが体調を崩してしまいまた。友達と遊ぶこともなく全てを犠牲にして打ち込んでいたため心と体にゆとりがなくなっていたのです。

今まで一度も弱音を吐いたことがないミチルさんでしたが、この時ばかりはラケットを持つ気力さえ失い、好きなテニスが出来なくなりどん底に落ちました。そんなミチルさんを花井コーチがサポートをして見守ってくれたのです。

花井コーチは父親の仕事の関係で中1からオランダに渡り、そこでジュニア全国大会ベスト8に入りオランダ代表の強化選手に選ばれました。高2の夏に帰国、さぁこれからという時に首の大怪我をしてテニスが出来なくなり夢が打ち砕かれたのです。その後大学時代に出会った小浦猛志先生のコーチングで自信を取り戻すことができたと言います。

自らがどん底から這い上がった経験を活かしミチルさんにテニスを通じて自立して自信を持ち人間性を高める指導を行います。ミチルさんはまだ体調は万全でないけれど絵を描いたり、読書をしたり、詩を書いたりとテニス以外のことにも取り組む事でいろんな世界観が広がり、言葉に出せないほどの苦しさに涙したことで、当たり前のことが当たり前に出来ることの有難さを実感していますと話してくれました。



パピヨン

この4月に花井さんによる硬式テニススクール「パピヨン」が開校しました。
テニスはフランスで生まれたスポーツですがパピヨンとはフランス語で蝶です。蝶が花の蜜(指導)を吸って自分の好きな所に自由に飛んでいく思いが込められています。

小6の妹、恵椛(けいか)さんもU-12で県体優勝、北信越3位の実力でお姉さんに追いつきプロを目指したいと頑張っています。

ミチルさんは県の「子どもの夢実現サポート事業」にみんなで力を合わせゼロから手作りのテニスコートを作りたいと応募し見事に採択され、メンバーと保護者、鵬学園テニス部の協力も得て大きなプロジェクトがスタートしました。

地元から硬式テニスでインターハイ優勝を目標に一歩一歩プロを目指したいと話すミチルさん。
将来がとても楽しみです。



七尾高校 剣道部


「文武不岐」を部訓に掲げ、真面目に勉強と剣道の両立に頑張っています。

短時間の練習ですが、楽しい先生と仲の良い部員達は毎回真剣です。
「やらされる百本より、やる気の一本」が中越先生の指導で、いかに一本一本を集中できるかが
勝負の鍵です。

仲間との努力を一本につなげ、北信越・全国出場を笑顔で勝ち取ります。

顧問:中越顕治先生

男子主将:田幡颯太くん  女子主将:濱名りかこさん


のと共栄信用金庫


のと共栄信用金庫 架谷 明香莉(はさたに あかり)さん 25才 B型

県外の大学に進学したのですが、石川県に戻って地域に貢献できる仕事をしたいという思いで、
のとしんに就職して3年目になります。現在は、本店の窓口業務を担当させて頂いています。

お客様のお声に耳を傾け、一人ひとりに合った金融サービスをご提供できるよう、
日々勉強させて頂いています。

まだまだ半人前ですが、少しでもお客様のお役に立てるよう尽力したいと思います。


住 所:桧物町35番地
お電話:52-3450


はい!社長です-Delishポケット


Delishポケット 濵田 真愛(はまだ まな)さん 35才 A型

7月15日にお惣菜屋さん「Delish ポケット」をオープンしました。

小さい頃から働く親の姿を見て、また自分も親となった今できる事は、毎日の食事のお手伝い!
「時間がない、あと1品欲しいな」と言う時に、気軽に立ち寄れる総菜屋さんにしたいです。

カラオケ合衆国敷地内にありカフェメニューやイートインスペースもありますので、
休日には気軽にお立ち寄りください。

住 所:七尾市石崎町ヨ部58‐4
お電話:62-4081


検潮所(府中町員外)


七尾港の食祭市場横にある検潮所です。
下の円筒の中に海水を導き、波の影響を受けないで潮位を観測しています。
潮の干満は約半日の周期であり、
7月25日の七尾湾の満潮は6時46分と17時30分、干潮は0時20分と11時55分です。


第185回 七尾市生駒町


在所名の由来

江戸時代には豆腐町だったけど、明治五年に石川県が誕生した時に鹿島郡七尾町の二十四町の一つとして生駒町として改称しているんだね。なんで生駒町となったのか分からないし、豆腐町の由来も定かでないけど、隣の亀山町が味噌屋町だったことから想像すると、城下町時代にそんなお店が並んでいたのかもしれんね。

また町内の区画が焼豆腐を並べたようだからだとか、川沿いに白壁の蔵が並んでいたので遠くから見ると豆腐が並んでいるように見えたからだとかいろいろな説はあるみたいだけどね。

昔の在所

江戸時代には仙対橋に海鼠(なまこ)を商う豪商の塩屋、長生橋には回船問屋の越中屋があり、それぞれの橋が塩屋橋、越中屋橋とも呼ばれたそうだよ。加賀藩時代に七尾は所口と呼ばれていたけど明治八年に七尾と呼ぶようになり、明治二十二年に町村制が公布されたとき最初の七尾町役場が生駒町に置かれたんだ。

明治二十八年の大火では町内が全部焼き尽くされてしまってね。戦時中には北國新聞社前から商工会議所前までの川沿いの道は強制撤去で作られたんだ。それまでは護岸いっぱいまで建物が並んでいて、そんな頃は御祓川も深くて学校橋まで舟が上がっていたし子供は泳いで遊んでいたんだよ。生駒町のちょんこ山の人形は藤原鎌足だけど山車に子供が鈴なりになっていた時代もあったんだけどね。

現在の在所

夜間人口三十五名中、六十五歳以上が十五名と高齢化の町だね。今までは祭りでコミュニケーションが取れていたけど、だんだん参加する人が少なくなってね。それでもせめて祭り気分を味わってもらおうと、ちょんこ山や奉燈祭り当日には町内で料理を作って出来立てを最優先でお年寄りの家に届けているんだよ。祭りの運行で一服する時はスギヨのちくわをみんなに配っているけどこれも生駒町の伝統なんだ。

それと防災総合訓練で市が指定の小丸山城址公園に避難したけど途中で座ってしまってたどり着けない人ばかりなんだ。これではいけないと班ごとに歩いて三分以内の堅ろうで高いビルにお願いして町内で避難所を設けたんだよ。
コロナ禍で世の中が大きく変わっていくだろうけど、来年はすべての祭りが出来るよう頑張っていかないとね。

まなかの一言

この百年で七尾の町は大きく変わり、
人生百年時代、不安と楽しみ入り交じり。


2020年6月27日<368号>掲載 我が家のペット

くー (オス) 14才

ミックス犬

おとなしくて人なつっこく、
お肉とお刺身が大好きです。
赤蔵山に捨てられていた子犬を
友人に頼まれ飼うことになりました。

(田鶴浜 高木さん)


プー太 (オス) 6才

トイプードル

ピンチになるとぶるぶると
震えてみせたり、見つめたり、
横目で見たり、無視したりと、
まるで人のような表情をします。
門徒のアイドルです。

(黒氏 金氏さん<真光寺>)


シロ (オス) 12才

ミックス犬

おっとりしていて、通りがかり
の人にも可愛がられます。

(馬出町 片山さん)


ピノ (メス) 12才

ミックス犬

ちゃきちゃきした性格で、
甘えん坊です。

(馬出町 片山さん)


くう (オス) 2才

トイプードル

食べるの大好きです♪
元気いっぱい!毎日、朝夕
2回のお散歩も大好き!

(府中町 谷内さん)


メイ (メス) 15才

ヨークシャーテリア

「かまって かまって」とお腹を見せて
ゴロ~ンする、とても甘えん坊な
女の子です。公園での散歩大好き、
帰るよ!と抱きかかえるまで歩き続ける
わが家のかわいいプリンセスです。

(中島町谷内 関塚さん)


ミルク (メス) 18才

子猫の時に交通事故で1ヶ月
入院し片目になりました。
昼まで寝ていて夜に餌を
欲しいと鳴いてきますが、
とてもかわいいです。

(富岡町 長さん)


こはく (オス) 8才

柴犬

人が来ても吠えずに見守る
穏やかな性格。
でも散歩の時はテンション⤴

(本府中町 桶成さん)