こみみかわら版バックナンバー

第13回 「輝け郷土の星」  弓道の岡野 暉くん(中能登中3年)


第50回石川県中学校体育大会弓道競技で優勝


今年、中能登中学校弓道部は個人戦と団体戦で石川県優勝しました。個人優勝の暉くんは団体戦にも出場し8月20日に東京の明治神宮にある中央道場での全国中学生弓道大会に出場しました。小学生の時バトミントンをやっていた暉くんですが、部活に弓道があり見学に行くと先輩の弓を引く姿に惹かれて入部します。しかし半年間は弓を持たせてもらえず腕立、腹筋に明け暮れました。初めて矢を放ったとき28m先の的は遠く半分しか飛びませんでした。弓道は思った以上に難しいと感じた暉くんですが、真面目な性格で休む事無くコツコツ練習を続けます。初めて的に当たった時はテストで90点を取ったくらいに嬉しかったそうです。加賀賢成コーチに入部してきた暉くんは才能があったのですかと質問すると、即座に「無い!」との返事です。ただ努力家で素直に指導を聞き入れ、真剣に練習を続けてきたので、今年急に頭角が現れたと言います。


中能登中学校弓道部


平成25年、鹿島、鳥屋、鹿西の中学が統合され中能登中学校になった時、弓道場も建てられました。これは鹿島中学に弓道部があったからです。旧鹿島町は弓道の盛んな土地柄で、今年の岩手国体に石川県代表として成年男子で曽山良和選手、成年女子で山口千春選手が出場します。曽山選手はすでに全日本で3度優勝しています。中能登中学弓道部はそんな選手と交わる機会を持ち練習に励んでいます。弓道部のなかった鳥屋、鹿西地区の生徒も弓道に触れる機会ができ、部員数は男女50名です。弓矢を持って立つ部員から厳粛な空気が漂ってきます。今年出場した県内と北陸三県の5大会全てで男子は団体優勝しました。団体戦は大前、中、落と3名で戦います。大前、清水来樹くんは鹿島出身。中、岡野暉くんは鳥屋出身。落、山邊晃聖くんは鹿西出身です。試合では状況を見てお互いにアドバイスします。暉くんは信頼する仲間が後ろにいることで安心して試合ができたと言います。



山邊・岡野・清水の絆


独自の会


弓道では射法八節といって矢を射る立振舞いがあります。矢を放つ直前の構えを会(かい)と言います。会は指導を受け身につけるのですが、暉くんは独自の会を作り上げました。加賀コーチは誰も真似の出来ない天性の会だと言います。暉くんは特別意識したわけでなく、教えを聞き自分なりに考えながら、ただコツコツ練習を重ねていく内に自然とこの会に辿り着いたと言います。弓道は36cmの的に矢が当たるか当たらないかの勝負で、技術もさることながら強い精神力が求められます。大会では8割の力が出せれば最高だと言われ、練習は大会のつもり、大会は練習のつもりと常に平常心を養います。奥が深い弓道だからこそ、持ち前の素直さと直向さで練習を続ければ、まだまだ楽しみな暉くんです。



礼儀礼節、心身の鍛錬


第12回 「輝け郷土の星」 柔道の林 弘華さん(鳥屋小5年)


8月28日 三重県伊勢市で開催の全国大会へ出場!


全国小学生柔道学年別石川県大会5年生の部、40キロ超級で見事優勝した弘華さん。小さい時は人見知りで気が弱い子だったので、心配したお父さんが2年生の春に弟の諒太朗くんと共に中能登柔道教室へ連れていきました。お父さんはこの教室のコーチでもあり柔道三段。心と体を鍛えるのに柔道をさせたらと思ったそうです。保育園年長の諒太朗くんはすぐに「やりたーい!」と入門。弘華さんは1ヶ月間考え「やってみようかな」と思いました。
それでも最初の頃は、練習に行くのが嫌で玄関でよく泣いたそうです。そんな弘華さんは試合に出ても勝てません。4年生の春、全能登大会の1回戦に初めて勝ちました。しかし2回戦は負け。勝つ嬉しさと、負ける悔しさを初めて経験しました。これがキッカケとなり、本気で練習するようになり保育園から通っていた水泳教室もやめて柔道一本に集中しました。柔道教室には石川県で何度も優勝している2年先輩の北野那美さんがいます。その胸に積極的に向っていきます。強い相手と練習をすることで気持ちも強くなってきました。弘華さんの体重は41キロです。対戦相手は50キロくらいの選手ばかりですが、それでも内股や寝技で勝ちました。


厳しい練習


柔道教室は夕方6時から3時間の練習を週3日行います。準備体操、受身、寝技、立ち技と練習します。教室では技について細やかな指導をします。その上で反復練習をしますがみんな真剣な眼差しです。水分補給をしながら厳しい練習が続きますが、みんな本当に一生懸命頑張っています。先日、大阪代表を招いて合同練習をしましたが、弘華さんはケチョンケチョンにやられてしまったそうです。少し気後れしたことが原因です。どんな相手にも気持ちで負けないことが大事だと学びました。いろんな体験を通して何か一つでもつかんで強くなってもらいたいと監督とコーチは遠征や合宿、レクレーションなども取り入れ指導します。弘華さんに目標を聞きました。全国大会に勝つことかと思ったら、なんと北野那美さんに勝ちたいと言うので驚きました。大好きな強い先輩に追いつき追い越したい。
そんな思いが今の弘華さんのエネルギーになっているようです。弟の諒太朗くんも3年生の部で優勝しました。二人の頑張りを見ていた弘華さんの妹、莉帆さんも昨年から柔道を始めました。父親でもある林和弘コーチは道場では厳しく指導しますが家では優しいそうです。弘華さんはそんなお父さんのことを頼もしく思い慕っています。北野監督は柔道を通して一つのことを成し遂げる厳しさを知り、人としての優しさを育み立派な大人になってもらいたいと話します。練習を見学しましたが全員が礼儀正しく真剣に取組む姿に小学生ながらとても立派に見えました。
弘華さんには後に続く後輩のためにもぜひ全国大会で頑張って来て下さい。
応援しています! 頑張れ!頑張れ! 弘華!!



日々精進



一致団結の中能登柔道教室


第11回「輝け!郷土の星」 バトミントン中橋 奈智さん(中島中3年)播摩 朋奈さん(中島中2年)



石川県大会 優勝

今年1月、第16回全日本中学生バトミントン選手権大会の石川県選考会で優勝した中橋・播摩ペア。
石川県代表に選ばれ全国大会へ出場したが予選リーグ2勝1敗で決勝トーナメントへは進めなかった。
この二人、実は大会直前に組んだペアだった。中橋奈智さんは県内で
シングルのトップ選手である。優勝を狙って出場するも、まさかの敗退。しかしトップ選手の
奈智さんはダブルスでの再挑戦の権利を持っていた。それで峪(たに)監督が部でダブルスの実力者である播摩朋奈さんとペアを組ませリベンジさせたのだ。いきなりのペアで大丈夫なのか? 峪監督は「実力があれば相性など関係ない。
普通ダブルスはつなぐ子と打つ子がペアを組むが、二人はズドーンと力のある球を打ち、小手先の技術も巧みでつなぎも出来る。 中橋は意思が強く、状況判断が的確で、勝負強い。
播摩はラケットセンスが抜群で、体もあり左利き、センスの良い球が左から飛ぶので、
相手にすれば嫌なタイプとなる」 と話す。

文芸部だったバトミントンクラブ

奈智さんは小2から、朋奈さんは小1から、中島ジュニアバトミントンクラブ(中島JB)に通った。
10年前、中島JBを立ち上げた澤監督が指導した児童が中学に入学しバトミントンを始めることになる。
創部9年目の中島中学校バトミントンクラブは当初部活動として認められず、しかたなく文芸部としてスタートする。
練習場所が与えられず、バレー部やサッカー部が練習をしていない時に空いたスペースで練習をしていた。
そうした中で県大会に優勝し部活動に昇格した。 何事も結果を出せば周りが変わるのだ。


成長する二人

学校の部活のほか、週3日は中島JBで夜8時~9時半まで練習する。
面白そうと思って入ったジュニア。最初は羽を打たせてもらえず、基本練習ばかりでコートに入れなかった。
「先輩みたいにあのコートでやってみたい」
その姿に憧れて頑張れた。 今はそのコートで後輩の指導もしている。 小学生には友達のように教えて
いるという二人だが、部活の1年生に聞くと 「普段は優しいのですが、コートに立つとスイッチが入って
オーラが出るんです」 と答えた。次の目標は8月に石川県で開催される全国中学校バトミントン大会への出場だ。
この全国大会出場は北信越で2位以上に入ることが条件だ。 しかし今年は石川が開催地
なので、県で優勝すれば出場できるチャンスの年である。 取材の最後二人に峪監督のことを聞いた。
「練習より 生活態度に、より厳しいんです」 と話す。 部の目標も、「いじめをしない、不良にならない、無断
欠席をしない」である。 そして怒る時にちゃんと怒ってくれると言う。
信頼が厚い。 「この監督にして、この子たちあり」 十分に伝わってくる。
県選手団の一員として各地を遠征する二人、視野を広め、見聞を高める。 爽やかで、礼儀正しく、笑顔が可愛い。
そこに自信と風格が備わりつつある。 なんとも楽しみな二人である。



第10回「輝け!郷土の星」卓球の平泉 心那さん (徳田小5年)


伝統の石川県選手権で優勝!

昨年12月、第75回石川県卓球選手権カブ女子シングルスで見事優勝した心那さん。

保育園児だった心那さんは兄の通う教室へ連れられて行くうちに、
自分も卓球をやりたいと思うようになる。

卓球は園児を含む小学2年生以下のバンビ、3、4年生はカブ、5、6年生がホープスというクラスに分かれる。
バンビは卓球台の高さが10cm低くなるがそれ以外はラケットもボールもラバーも同じだ。

心那さんは小さな体でボールに飛びつき練習を続ける。
結果が出たのが小学2年生、県大会で優勝、3年生、4年生と優勝を続け3連覇だ。
個人戦はもとより、団体戦の石川代表にも選ばれて全国大会に出ている。

しかし全国の壁は厚い。

3度出場した個人戦、1勝が出来ない。
今年5月に行われる全国大会予選の石川県小学生大会で勝ち、
7月神戸で開催される全日本卓球選手権大会で1勝することが当面の目標だ。

松平スポーツ卓球教室

心那さんは週3日教室に通って約1時間半の練習のほか、松平先生から個人指導も受ける。

その練習は容赦ない叱咤が飛ぶ。
先生の手元から飛び出すボール、それに反応する心那さん。

「ボールを追っかけてどうする!」 「どこにボールが来るか先を読まんかい!」 そんな声が続く。

「練習は辛くないの?」
「ハイ、楽しいです」 「どうして楽しいの?」 「勝ったとき嬉しいからです」

心那さんは、自分が強くなるために先生が厳しく指導していること、
そして、その先の自分の姿を見つめているのだ。
松平先生は倉庫精練の実業団選手として活躍した後、七尾に戻りスポーツ店を開き、
傍ら能登の中学、高校の卓球部へ出前指導を続けてきた。

そして21年前、お店の横に卓球場を建て教室を開く。
そしてこの教室から、息子であり、日本を代表する松平賢二、健太の一流選手が育っていくのである。

先生は県大会優勝は努力の範囲でなれるが、それ以上目指すなら卓越した俊敏性、
反射神経など卓球センスがないと厳しく、 努力 + 素質、そこにどれだけの伸び代が
あるかだという。
ハードな練習だけでなく、心身の成長に合わせて上手に、伸び代を伸ばしていく、

ここに松平流指導の極意があるように見えた



アスリートの資質

石川佳純選手が好きだという心那さんは、笑顔が可愛い小学生だ。

疲れた顔も見せず、先生のアドバイスに耳を傾け淡々と練習する。
勝つことがモチベーションとなり目標に向って、全てを自分の事として向き合っている。
それこそがアスリートとしての資質の源なのだろう。

サーブの瞬間、ラケットの動きを見て回転を読み、瞬時に反射する卓球は神経戦でもあり、
小さな台の上で繰り広げるボールの打ち合いは、正に格闘技でもある。
心那さんの練習を見て、卓球はボールの回転より速い、 頭の回転が求められる競技だと知った。


私が知っている、 ピンポン とは、まったくの別物であった。



第9回「輝け!郷土の星」柔道の北野 那美さん (鳥屋小6年)


石川県大会で個人優勝

 昨年11月、金沢市で開催された第40回県少年柔道大会の女子個人戦で見事優勝した那美さん。
中能登柔道教室で練習に練習を重ね掴んだ栄光だ。
 
柔道を習い始めたのは5歳だった。
三人姉妹の末っ子で、姉二人が教室に通っていたので、遊び気分で付いていくうちに自然と始めていた。

練習は週3日、夕方6時から3時間、30分間のランニングと体操で十分に体をほぐしてから、
受身を徹底して練習し、寝技、立ち技と続く。
小学生以下の教室なので先生は怪我をしないよう特に気を配る。

目標を持つ

練習は辛いと思ったことはなく 「楽しい」 という那美さんだが、
小1で初めて出場した能登地区大会では1回戦で負けた。
 
「くやしい!」 
 
この時に勝ちたい気持ちが湧いたと言う。
次の大会では『1回戦には、とにかく勝つ!』それが目標となった。
それからは常に自分より強い相手と練習した。
目標を持って練習するので実力がついていく。

 全国小学生学年別大会では1年から5年まで石川県優勝を続け敵無しだった。
5年生から全国大会が開催され、各県の優勝者が集まるこの大会に石川県代表で出場した。
1回戦、僅差の判定負け。全国の壁は厚い。
 
『全国大会の1回戦にはとにかく勝つ!』
新たな目標が出来た。

 そして迎えた6年生、6月の県大会で無念の準優勝。
全国大会へ行けなかった。
柔道を始めて、初めて泣いた。

その時のことを姉に聞くと、悔し涙で泣いて、布団から出てこなかったという。
「一生懸命練習して負けたので、もっと練習するしかないと思いました」と那美さん。
生活を柔道中心のサイクルに合わせ、覚悟を決め練習に励んだ。
  

そして、夏に負けた相手に、冬に勝った。



中能登柔道教室

 実はこの大会で中能登柔道教室は団体戦でも優勝しているのだ。
団体戦は団結力の勝負だと監督。
そのため遠征や合宿を行う。
初めて親元を離れて寝泊りする子は自信となり、小さな子を世話する上級生は責任感が養われ、
チームがひとつになっていくという。 

 またそれぞれの、能力に合せた目標を一緒に決めていき、それに応じた指導をする。
正月の稽古始めに自分の目標を書初めし中能登の武道館に一年間掲げる。

それぞれに目標があるから辛い練習もみんなで頑張れるのだ。
目標を達成し喜びを体験することで次への励みになっていく。

 教室には厳しさだけでなく楽しさも用意されている。
スキーに行ったり、食事会を行ったり父兄会が協力する。
指導者、生徒、父兄、三位一体で教室を盛り上げているのだ。

監督は「柔道を通じて、社会人として通用する人間になってもらいたい」、
そのために指導するのだと言う。
そんな子供たちの頑張りが5人の指導者の励みとなる。

 監督に北野三姉妹について聞いた。
一番の努力家は長女、センスが良いのは二女だという。

そして三女の那美さんのことは、なぜか語らなかった。
その胸中はわからないが、その目からは、成長を楽しみに期待していることは確かだ。
 
 
 監督として、 そして父親として。



第8回「輝け!郷土の星」そろばんの鳥毛 遥斗くん (小丸山小3年


珠算学年別で石川県1位

平成27年12月、日本珠算連盟の全国そろばんコンクール学年別で見事石川県1位に輝いた遥斗くん。
 
物心が付いた時からとにかく数字が好きだった。
2歳にして1から100までの数字を覚え、お絵かきボードには数字を書いては消し、書いては消して
遊ぶ子だった。
入学前に算数のドリルを自ら進んで取組んでいた。
母親はそんなに数字が好きならばと1年生になって土田珠算塾に連れて行く。

大粒の涙

「そろばんは楽しい!」すぐに虜になった。好きで楽しいことをやるのだから腕前は見る見る上がった。

コンクールは7月の暗算、12月のそろばんと年2回行われる。
1、2年生の時すでに両方とも1位だったので、自信があった3年生の暗算コンクール。
母親から結果を知らされた瞬間、大粒の涙がボロボロ流れた。

3位だった。

悔しくて涙が止まらなかったという。
母は「そんなに悔しいのならもっと練習したら」と一言。
油断があったと気付き塾では無駄口はせず真剣にそろばんに向き合った。

見事に結果が出た。
「リベンジできて嬉しかったです」と笑顔の遥斗くん。
次は初段になることを目標に頑張っている。

ハルトマン博士

算数では誰よりも早く解答するので同級生が付けたあだ名である。
小3では二桁の掛け算を習うが問題を見て瞬時に答が出てくるという。
それは暗算をすると頭にそろばんが浮かび、数字を見て指先を動かすと頭のそろばんの珠が動きだし
答えが出るという。

暗算と言う秘密兵器を持ったハルトマン博士は「どんたく」のレジのお姉さんをも驚かせる。
お母さんとのお買物、レジでおつりが計算される前に、その答えをお姉さんに告げる。
レジの金額を見たお姉さんが、「あら凄いねぇー」と驚いて声をあげてしまう。



35×49

それならばと問題を出した。
35×49 指先が動いた。

「1715です」 約2秒だ。
その速さに驚いた。
 
「そろばんは集中力が大事なんです」と土田先生。
そのため塾では正座で練習し姿勢を重視している。
遥斗くんは背筋が伸びすごく綺麗でそろばんにぴったりな姿勢だという。
 
辛いことは何と聞くと、間違えた問題の直しだという。丁寧にやると問題数がこなせず点数が取れない。
先生が基本はまず間違えないこと、間違えない訓練を続けることで問題数も増えてくると指導する。
しかし、遥斗くんは、それでも問題数を増やすことを意識する。
スピードを上げ問題数を増やすことの中で正確さも高めようと挑戦し葛藤しているのだ。
その是非はわからないが、自分で考え、正確さとスピードの両立を追求している姿に遥斗くんの真骨頂を見た。
 
お母さんに性格を聞くと、頑固で負けず嫌いで理論家でかつ天真爛漫だという。
好きなテレビ番組は、ドクターG、逃走中、そしてクイズ番組だ。
なるほど! これらはどれも結果や答え出すため追求していく番組ではないか。
きっと天から「そろばん」を授かったに違いない。 頑張れ ハルトマン博士!



第7回 「輝け郷土の星」 空手の小﨑川 楓雅くん(山王小5年)


空手型試合で全国優勝


平成27年10月、大阪で開催された日本武道空手道連盟空手塾主催「第6回伝統型試合」で全4部門総なめの完全優勝、最優秀選手賞に輝いた楓雅くん。極真空手松下道場(七尾市郡町)の門下生である。驚いたことにこの大会は4連覇だ。そして9月に開催された極真カラテ型競技選手権国際大会の小学生上級の部でも優勝している。もはや小学生の世界チャンピオンなのだ。


才能と努力


型と言っても、試合はトーナメント形式で行われ、対戦相手との演舞が判定され勝負が決まる1対1の真剣勝負。両親の勧めで1年生の時入門、型の魅力に引き込まれていくのだが、師範は基本ひとつにしても覚えが早く光るものを感じたという。付き添いで来ていた父親もその奥深さに感化され、今では父と弟の3人で週3日道場に通い師範から型の意味や動きの理論を教わり稽古する。その意味と理論を頭と体に覚え込ませるためメモをとり、家で納得が行くまで親子で調べ尽くす。そして構え、突き、蹴り、防御など動きのひとつひとつの意味を確認し、技のキレや強弱、腰を入れるタイミング、目線、客観的に見てどうか、ひとつの動きをかなり細かく分析し研究をする。そこまで徹底することで、型のもつ意味、組手への応用がフッと見えてくると言う。毎日練習するために父親は自宅に練習場を作った。道場が休みの日はここで必ず2時間の練習をする。一年間一日も練習を欠かしたことがない。何がそこまでさせるのだろうか。



空手親子鷹


戦わずして勝つ


「真剣に練習して、試合に出て、結果が出てくるところが面白いです」と楓雅くん。松下道場では「挨拶・返事・後始末」の三原則を徹底させ、基本を教え、型に進む。型に精通して実戦がある。楓雅くんは実戦の組手試合でも優勝の実力がある。師範は勝って驕るな、勝って学ぶこともあれば、負けて学ぶこともあると武道精神を説く。奥が深く、極めても、極めても、ゴールがない自分との戦いの世界、そんな型に魅了され、とにかく型が好きだという。大会にエントリーした五十四歩(すーしーほ)は有段者が行う最難度の型である。これを見事に演舞した楓雅くん、11月の昇段試験に合格し黒帯を手にした。過去最年少の快挙である。その心構えを聞くと、「これからは後輩の指導もして、型も組手をさらに追及していきたい」と話す。小学生とは思えない気迫みなぎる演舞は見る者に感動を与える。小﨑川兄弟が入場すると会場がざわつき注目される。誰しもが空気感の違いを感じ、その一挙手一投足に震えを覚えると囁き、対戦相手の父兄が「あれじゃ勝てん」と呟く。戦う前に勝負がついていく。その気迫は稽古量の賜物である。己との戦いに挑み続ける気迫が、他を圧倒し、見る者に感動を与える。取材の最後に五十四歩の演舞を見せてもらった。静まる道場に一声が響き空気が張る。極めていくとはこんなことかと胸が熱くなる。 確かに凄い!



弟の優雅くんと自宅で稽古


第6回 「輝け郷土の星」ソフトテニス 山崎 綾乃さん・藤岡 佑衣さん ペア(中能登中学3年)

全国大会 準優勝



8月、第46回全国中学校ソフトテニス大会が山形県天童市で開催され、64ペアが出場した女子個人戦で見事準優勝を成し遂げた山崎・藤岡ペア。中学生はシングルがなくダブルスでゲームする。3年生女子テニス部員は5名、昨年秋に長元コーチが二人をペアに決めた。お互い予感があったという。綾乃さんは鳥屋ジュニアで小2から、佑衣さんは七尾ジュニアで小3からテニスを始めた。佑衣さんは七尾市在住だがジュニアで全国大会へ行けなかった夢を果たすためテニスの強い中能登中学へ越境入学をした。綾乃さんは小6で全国大会へ出場し2回戦まで進んだが、中学では優勝したいと入部した。


伝統の中能登中学


原点は鳥屋中学女子テニス部にある。北信越優勝、全国出場の実績を持つ。中能登中学に統合された一昨年と昨年は個人戦で全国ベスト8に進出している。そして今回の準優勝につながっていくのだが、監督、コーチも全国大会という経験を重ねる中で、毎回反省点を洗い出し、勝つための戦略や戦術が巧みになってきたという。宿谷監督に二人の強みを聞いてみた。後衛の山崎はパワーがあり中学生離れした重くてスピードのあるレシーブを返し、前衛の藤岡はラリー中の際立った勘の良さでボレーを決める。そして二人に共通することは高い目標を持っていることと負けん気が強いことだと話す。綾乃さんは相手の打球が速ければ速いほどレシーブを返しやすいと言い、佑衣さんは相手を迷わす動きを考えると言う。テニスはメンタルの勝負でもある。いかに相手の精神状態をかく乱するかだが、逆に気を乗せられないと一気にやられてしまう。監督は正直ベスト8も厳しいかなと思っていたので驚いたというが、練習量を聞くと年末年始以外、毎日だというから地力がついていたのは間違いない。



仲が良いということ


二人は仲良しではあるが、べったりの仲良しではない。お互いの目標が一致しているので必要なパートナーなのだ。だからこそ練習では言葉がストレートになり時として感情がぶつかり合う。キャプテンが心配してコーチに相談したという。しかし、そんな感情を引きずりながら、気まずい状態でも練習は続く。そしていつの間にか元に戻っている。強さの秘訣はそこかも知れない。高い志は私情をコントロールするのだ。本当に仲が良いということは、目標に向って成果を出すため、どんなことがあっても最後まで協力しあう仲間のことだと二人の姿から教えられた。5勝1敗での準優勝、綾乃さんは負けるかもしれないと思ったとき声援によってピンチが乗り越えられ応援の力を感じ、佑衣さんはラッキーなプレーも多く運も感じたが、努力した分だけ結果がついてきて神様が見ているんだと感じたという。これからもテニスを通じて何を学び、どう成長するのだろうか。楽しみな二人である。



第5回 『輝け!郷土の星』写真の西川 萌香さん(田鶴浜高校3年)


全国大会で最優秀賞に輝く


高校生が競う全国の写真コンテスト、第13回「民家の甲子園」で最優秀賞に輝いた。
石川県からは初の快挙だ。
 
この大会は県予選から始まる。それも団体戦なのだ。
与えられたテーマに対して1チーム5枚の写真で勝負する。
写真の評価、ストーリー性、発表力などの総合評価で審査される。
結果は7位だったが写真の評価は最上位だった。
団体戦ではあるがその中から評価された写真は個人戦として全国大会へ進む。


まさか


受賞を先生から聞いた瞬間、「まさか」と思った。
高校3年生、最後の全国大会へ出たことで自分の中では区切りをつけていたからだ。
 
審査員で唯一のプロカメラマンが推挙した。
この1枚の写真からストーリー性を強く感じたと言う。
 
今年のテーマは「遇」。遇うとは出会い、それは旅立ちから始まる。
桜咲くプラットホーム、巣立ちの季節、女子高生、赤いかさ、そして雨。
 
皆さんはどんなストーリーを連想するだろうか。



田鶴浜高校写真部


「写真部楽そうやねぇ」と軽いノリで入部した。
先輩と一緒に楽しんで撮影していたのは束の間。先生から厳しい指導が入る。
シャッタースピード、絞り、ぼかし、逆光、被写体の引き、寄せ、
これらは理屈抜きで現場で体得するしかない。

良い写真はなかなか撮れない、2000枚に1枚だろうか。
同じ場所でも季節や天候で異なるので何度でも足を運ぶ。
 
この1枚も駅へ何度も通った。草陰から撮った、下から見上げて撮った、
ホームのあっち側、こっち側、そして渡り廊下を歩いた時、窓から何気なく撮った1枚だった。

「案外そんなもので、狙ったら良いものが撮れない。2年生の時それに気づいた」と話す萌香さん。
 
自信を持って撮影しても先生から「こんなもん写真じゃない」とつき返される。
ショックと悔しさで、価値観が違うと何度も文句を言ったが相手にされない。

そのうち解ってきた。
綺麗な花だけ撮ってもアピールしない、そこにテーマが必要だということを。

お正月、初詣客で賑わう金沢駅で和服女性の足元だけを撮り続けた。
祭りでみこしを担ぐ男たちの顔だけフォーカスした。
楽だと思った写真部、今は写真を考えない日が無い。

今回の受賞は「私としたら汗と努力の結晶なんです」と屈託無く笑う。
目標があれば頑張れるし、結果が出れば励みにも
自信にもなってくることを実感しているという。

将来の夢を聞いてみた。
「就職が内定しました。今は先生のカメラを借りていますので、自前のカメラとプリンターを買って、
結婚式など友人の思い出のシーンを撮って、きれいに編集して、プレゼントしたいと思っています。」 

なんと純で素直でチャーミングな女の子なんだろう。
 
素敵だと思った。



写真は奥が深く楽しいです♪


『輝け!郷土の星』 ソフトボール投げの道下 隼翔くん(石崎小6年)

輝け!郷土の星-ソフトボール投げの道下隼翔さん-

見事!全国大会6位入賞


去る8月22日、横浜で行われた第31回全国小学生陸上競技交流大会で6位入賞に輝いた隼翔くん。学童野球の石崎メッツに所属しコーチから肩が強いと聞かされたお母さんが「陸上のソフトボール投げの種目に挑戦してみては」と声をかけた。何となく試しに出てみた七尾市の大会でいきなりの大会新記録(66.37m)だ。県大会に出場することになるが、野球と違い個人競技は自分との戦いでもある。そんな雰囲気に飲み込まれ緊張もしたが優勝する(63.60m)。横浜の日産スタジアムで行われた全国大会では各県の代表が集まる。本番ではガチガチになり、頭が真っ白になった中での1投目(68m)、2投目(66m)、記録が伸びない。その時石川県選手団の野村総監督が各選手を集め応援を始めた。みんなの声援が耳に入った瞬間、自分は一人ではないと勇気が湧き、落ち着きを取り戻す。そして3投目、73.79m。自己最高記録を出しての入賞となった。



恵まれた身体能力と負けん気


小2の時、学童野球をやっている兄の練習に連れていかれ、キャッチボールとトスバッティングをさせてもらった。兄のチームメイトが「上手い、上手い」とほめてくれ、嬉しくなって野球を始めることになる。小3からキャッチャーとなり練習するがショートバンドが取れない、送球が決まらない、そんな時は「何としても乗り越えたい」と思い、練習が休みの日でもコーチに個人特訓を願い出たという。石崎メッツの西川監督は「どうしたら良いのか自分で考えろ」が口癖で、児童自らに課題の発見と解決を指導しているのだ。小橋コーチも体のバネと柔軟性が人並以上に優れており、そこに負けん気が加わるので、今年ピッチャーをやらせてみたが七尾市学童野球秋季大会で優勝という結果を出し、今ではチームの要であり起爆剤的存在だと言う。



三位一体


「ソフトボール投げ全国6位も今年の秋季大会の優勝も同じくらいに嬉しいです」と素直に話す隼翔くんの夢は甲子園に出ることだ。三振を奪ったり、仲間のファインプレーでピンチを脱した時など野球は面白く、だから続けたいと言う。野球を続けている兄と時に二人で自宅練習をする。お父さんが接骨院の先生なのでさりげなく筋肉の疲労などを診てくれる。お母さんも食事に気を配り練習や試合に声援を続ける。「上手い、上手い」と野球に興味を持たせてくれた先輩。「考える野球」を指導する監督、声援を飛ばしてくれた県選手団、恵まれた資質、強い意思、そして何より自分を理解し応援してくれる人が身近にいる事が能力を最大化させるのである。


『輝け!郷土の星』 柔道の戸澗 望愛さん(天神山小5年)

輝け!郷土の星-柔道の戸澗さん

来る8月30日 全国大会に石川県代表で出場!


6月に行われた全国小学生学年別柔道大会石川県大会にて5年女子40キロ級で見事優勝した望愛さん。柔道を始めたきっかけは小2の時、ロンドンオリンピック金メダリストの松本薫選手(石川県出身)の試合をテレビ観戦していた時、『かっこいい、自分もやりたい』と強い衝動に駆られ、テレビを指さし「これやりたい」とお母さんに頼んだと言う。
お父さんは「望愛はこのスポーツが何なのかさえ知らなかったのだから松本薫選手の姿が琴線に触れ、心に火がついたのだろう」と振り返る。お母さんは「ほんとかいねぇ」とビックリしたが七尾市内の柔道教室、全日本柔道少年団七尾分団へ見学に連れて行き、その日から簡単な練習を体験し、松木監督の指導を受けることになる。



野生的闘争心


七尾分団では幼稚園児から小学6年までの児童が、火曜日、金曜日の18時30分から七尾武道館でみっちり練習を行う。準備体操、回転運動、補強運動、寝技、立ち技、乱取り、投げ込みと続くが弱音を吐く子はいない。しかし能登の気質なのか気がやさしい子が多い。そんな中で望愛さんが一際目を引く。県大会の団体戦は4年生1名、5年生2名、6年生2名の編成だが男女、階級は関係なく選抜する。今年選ばれた望愛さん、7月の大会での対戦相手はなんと70キロの男子だった。しかし怯むことなく立ち向ってく。一度畳へ上がると闘争心にスイッチが入り表情が一変する様はあの松本薫選手のようである。



熱い想い


嬉しかったことはと質問すると、「県大会優勝」それと「練習で今まで投げられなかった相手を投げたとき」とはにかみ、練習の無い日は弟とゲームしているという望愛さんは本当に可愛い女の子である。それでも柔道で強くなりたいという志は強く、お母さん相手に毎日寝る前15分間は投げ込みの練習を続けている。


望愛さんの活躍で弟も柔道を習い、家族で全日本柔道選手権のビデオを見てイメージトレーニングをし、練習や各種大会に出かける。一人の少女の熱い想いが家族全員を巻き込み絆を深め、七尾分団から全国大会出場という初めての快挙に松木監督も期待を隠さない。


将来はどうなりたいの?という質問にも、笑顔ではにかむだけで大きな夢は語らず、ただ目の前の試合に勝つことだけを考えて練習しているという。そんな彼女が一度畳の上に立つと、格闘家としての風格すら漂ってくるのである。柔道着姿の望愛さんにはなんとも不思議なオーラを感じるのである。


編 集 後 記


7月8日(土)取材に七尾武道館へ訪れました。
練習日は通常、火曜日と金曜日の午後18:30~20:30ですが、
前日7日(金)は大相撲七尾場所が隣の体育館で開催されていたため、
土曜日の午前中に変更になっていました。


さっそく、松木監督とお父さんにご挨拶し、望愛ちゃんとご対面。
柔道着が似合う可愛い女の子というのが第一印象です。
話かけると、ニコニコ笑顔ではにかみながら応えてくれ、
この時点では、普通の小5の女の子という感じでしかありません。


しかし、取材を進めていくうちに、
望愛ちゃんに不思議なオーラを感じてきます。
何がこんな可愛い女の子の闘争心を搔き立てるのか・・・。


柔道を始めるキッカケはオリンピック金メダルの松本薫選手。
柔道を知っていたわけではないという。
たまたまテレビで松本選手の眼光鋭く野獣的な闘争心むき出しの試合を見て、
彼女の中の何かが目覚めたようである。


「かっこいい! 自分もやりたい!」
その瞬間、画面を指さし「これやりたい」と両親に訴えた。


両親は、「この子何いうとらん」「ほんとうかいねっ」と驚いたという。
その時、望愛ちゃんはまだ小学校2年生なのだ。


お母さんが柔道教室を調べると
七尾では全日本柔道少年団七尾分団が唯一の教室であると知り、
さっそくそこへ連れて見学に行くことになる。


七尾武道館2階の柔道場は2面あり広々とした恵まれた環境である。
見学に行ったのだが、見るだけでなく体験させてもらうことになった。
柔道場の周りを走り、回転運動をし、少しだけ受身の練習もしてみた。
入団することに何の憂いも無かった。


七尾分団には市内各小学校下の幼稚園~小6までの児童が集まる。
現在35名の団員がいる。
底辺はこれだけいるのに、七尾市の場合、中学生の柔道人口は極めて少ない。
理由は市内の中学校で柔道部があるのは七尾東部中学だけなのだ。
どうしても柔道をやりたい生徒は校区を変え七尾東部中学へ進むしかない。
大方の生徒は中学へ進む時点で、違うスポーツに変更を余儀なくされているのである。
昔はどこの中学にも柔道部はあったものだが、少子化の中で仕方がない。


さて、望愛ちゃんだが、
小2、小3とコツコツ練習に励んできた。
3年生の終わりくらいから頭角が現れる。
県大会の団体戦は4年生、1名、5年生2名、6年生2名で編成するが、
男女、階級が問われない。当初監督は男子での選抜を考えていたが、
戸澗選手の実力と負けん気を評価し最終的には彼女を選抜した。
7月に行われた錬成大会では、対戦した相手は70キロの男子だった。
普通なら本人が「怖い」とか、「もう諦めた」となり
指導者も「怪我をしないよう無理するな」となるのだが、
一旦畳に立てばどんな相手にも闘争心が剥き出しになり立向うのだ。


8月に出場する、全国小学生学年別柔道大会は5年生、6年生だけの学年別、男女別、体重別の大会なので望愛ちゃんとしては十分に力を発揮できるのではないかと期待がかかるのである。


しかし、七尾分団としても、松木監督としても初めての全国大会であり、
全国のレベルは未知数である。
全国の柔道教室では指導者により柔道スタイルが様々にあるようだ。
七尾分団では「しっかり組んで投げ、一本を決める」というスタイルである。
あわよくばと期待もするが、まずは初出場なので気負わず全国をじっくり見てきて欲しい。


大会は8月30日(日)
山梨県甲府市 小瀬スポーツ公園 武道館で開かれる。
戸澗選手の初戦は、栃木県代表と京都府代表の勝者との対戦から始まる。


松木監督は、戸澗は柔道向きというか格闘技向きの性格をしている。
負けん気が強く、きかん子や これは教えても教えられない部分で、立ち技のセンス、寝技の努力、それらを下支えする闘争心の強さが最後の勝負を決めるが、そこが並み外れて強いものが備わっているようだ。天性のもんやと思う。
畳の上に上がるとスイッチが入るようだ。とコメントします。


松木監督率いる全日本柔道少年団七尾分団は、昭和41年、前身の山本道場からスタートして現在に至っています。
全国大会出場者を輩出するのは今回が初めての快挙であり、8月3日に分団OBの山崎智之市議随行で、宮崎博七尾市柔道協会会長、松木尊紀法(ときのり)監督、戸澗望愛選手、戸澗選手のお父さんの5名で七尾市教育長を表敬訪問して来ました。


また戸澗選手は、
北信越強化指定選手として県内女子選手5名の内の1人として選出されています。


武道館を取材した時、女性の指導者がいました。
実は松木監督の奥様も現役時代に大変活躍された名門津幡高校出身の選手でした。現在は内灘中学校の教諭で、柔道部の監督をしており、(現在は育休中)
北信越大会や全国大会へ内灘中学を導きました。


優れた選手が誕生するためには、
本人の努力のみならず指導者、施設、家庭など含めた
練習環境が整っていることが大切だと思いました。


取材を進めるうちに、
望愛選手の父方、母方の二人のおじいちゃんが共に柔道をやっていたという情報が入ってきました。特に母方のおじいちゃんは七尾分団前身の山本道場の門下生であったということです。今、孫の望愛さんの活躍をことのほか楽しみにしているそうです。


しかし、本人はおじいちゃんたちが柔道をしていたことは知りません。
おじいちゃんから柔道の話も聞いたことなければ、勧められたこともありません。


それなのに、松本薫選手のテレビを見て
小学2年生の女の子が「これやりたい」と言ったということは、
理性ではなく、血のなせる業(わざ)のような気がします。


搔き立てるものの正体、それは血脈であり、
「血の繋がり」ということの不思議さを改めて感じました。


平成27年8月8日(土)取材
こみみ情報局 津田 均


『輝け!郷土の星』 陸上3,000mの町 桟吾くん(田鶴浜中3年)

輝け!郷土の星-町くん

8分58秒16で見事優勝!


5月に行われた石川県陸上選手権国体予選少年B(中学3年生と高校1年生)で優勝した桟吾くん。9分を突破した瞬間だった。中学生で9分の壁は更なるステージへの登竜門なのだ。陸上を始めたのは小学校2年生から、キッカケは、毎日一緒に遊ぶ仲良し3人組、2人は陸上の城山アスリートクラブに所属し、時間が来ると田鶴浜中学校グラウンドへ練習に出かける。1人残される桟吾くんはいつも寂しい思いでいた。そんな桟吾くんに友達が見学に来ないかと声をかけてくれた。ユニフォーム姿で練習している友達の姿がとてもかっこよく、1人でつまらない思いをしているのならここでみんなといっしょに走りたいと思った。練習は1周400mのグラウンド5周することから始まった。「正直キツイと思った」「たいそかった」それでも友達も一緒だから頑張れたという。



勝負へのこだわり


6年生の時チームが駅伝で石川県1位になり全国大会へ出場、結果は31位だった。「くやしい!」勝負へのこだわりが目覚めた大会となる。それから朝練習を始め、ほぼ毎日30分父親に伴走してもらう。すると記録が伸びてきた。中1の県大会では記録は9分46秒65、これでは6位入賞すら出来ない。しかし記録に悔しさを感じたという。順位より記録をいかに伸ばすかだ。山口監督は中長距離は持久力とスピードが必要だと話す。持久力はコツコツ練習すれば良いがスピードは天性の素質も必要だという。練習では生徒の走りを見ながら監督の檄が飛ぶ。よほど心が強くないと挫けてしまう程の檄だ。大丈夫かと心配になる。泣きながら走っている子もいる。桟吾くんにも容赦なく飛ぶ檄。それにしっかりと応えて走る。何が辛いか聞くと「監督に怒られることです」と笑顔で即答。監督との信頼関係は厚い。グラウンドを20周した後、すぐに1周400mを全力疾走だ。これはきつい!子ども達は今にも倒れそうな顔と息をして戻ってきた。そしてすぐに筋トレと続く。
去る6月27日の県大会、悪天候だったが全国大会出場の標準記録8分59秒00を目指した。結果は9分2秒64、ラスト100mのデットヒート、3位だった。「悔しかったけど今度は負けません。記録を出せば順位は付いてくるし、負けてはいけない相手は自分自身なのです」と新たな決意をした。



地域力


昨年、全国中学駅伝で8位入賞を果たした。「今までで1番嬉しかったことです」と桟吾くん。田鶴浜中学陸上部は過去にも長距離で全国入賞者を何名も輩出している。いまや長距離の名門と言えるだろう。これは指導者・家族・地域が一丸となって選手を励まし育てていく伝統があるからだ。優秀な選手を各地から集めるのでなく、ごく近所の普通の子ども達がよき指導者・家族・地域の励ましがあればトップアスリートとして育っていくのである。子ども達の才能は計り知れない。