こみみかわら版バックナンバー

第8回 七尾市和倉東町


和倉温泉観光会館から和倉温泉方面へ向かい、
温泉街が海側とすれば、山側に位置する所が和倉東町です。

そんな東町の町会長 本田雄志さんにお話を伺います。

和倉東町はどんなところ?

まず、旅館従業員さんの居住区というイメージやね。
加賀屋さんの寮や、アパートとかもあって、旅館で働く方たちが、
この辺の町では東町に一番多くいらっしゃるんやないかなあ。
現役の仲居さんはもちろん、OBの方で一軒家を構えとる方もおいでるよ。

観光会館、お寺、公民館といった、和倉を支える拠点がある。
和倉で働く人たちの集まるところであり、生活が主の場所やね。

今一番、町長さんが力を入れている事は?

まず、環境問題やね。
油の回収とか、アルミ箔を集めたりとかしとるよ。
それから、花いっぱいの町にしようということで、町会からプランターやお花を配っとるんやわ。

それから、福祉や。
東町はこの辺の八つの町会の中で一番高齢者が多いげん。
民生委員さんや、福祉推進委員さんと連携して、見守り活動をしとるよ。

災害時には公民館、観光会館が避難場所になるから、
避難マップを作って全世帯に配布しとるよ。
それから、毎朝、公民館でラジオ体操しとるんやわ。
高齢者の引きこもりをなくして、人との交流に入れることも目的やね。
 
和楽会といって高齢者の方が集まる会があるし、これは違う町になるけど、
じばん館という観光客と地元の人との交流の場があるよ。
ここにはわくたまくんグッズが沢山あるね。
東町の人がスーパーで買い物してじばん館で休んでから、家に帰るという感じやね。

東町の自慢といえば?

東町には和倉で働くために子連れでやってくる女性も多い。
ここで育った子供達はみな立派になると言われとるんやよ。
独立されたお子さんが「お母さん一緒に住もう」と言われても、
この町に愛着があって、住み続ける方が多いんやわ。
和倉温泉を支える町やけど、人と人とも支え合っとる町や。

みこの一言

住んで良かった町、
離れたくない町。
これが和倉東町の自慢やね。


第7回 中能登町在江


中能登町の一番七尾寄り、北側に位置する在江区です。

そんな在江区の区長 表 辰祐さんにお話を伺います。

在江区の由来についてお伺いします。

近所の一〇三歳の方に聞いた話やけど、以前ここに大きな川があったと。

中国の揚子江みたいな大きな川で、それで江(大きな川)が在る、
で在江となったんでないかということやわ。隣は坪川で、
川田という地域もあるし、まんざら間違いではないと思うよ。

在江区の特徴はなんですか?

在江には、中能登の浄水場があるね。
ため池が三つあって、以前は農業用水のためやったよ。
昔は水のことで農家の人も色々とあったんじゃないかと思うね。
今は、田んぼも整備して、蛇口をひねれば水が出るから、困ることは減ったわ。

今いちばん区長さんが燃えていることは

農地・水保全管理支払交付金というのに今年から申請して取り組んどるよ。
簡単に言うと、「土地面積当たりいくらというお金をあげるから、農地の整備をしてください」
という農水省の事業ねん。

今までは事務量も多いし取り組んでいなかったんやけど、
農地を守っていかんと荒れていく一方やからね。
農道の砂利入れ、水路の整備など、農家だけでなく子供から年寄まで、
できる事をしていこうということねん。
区民が協力してくれて、大変うれしく、力強く感じとるよ。


それから、防災についても取り組んで行きたいね。
今、八十歳以上の高齢者だけの家が、七十二軒のうち十五%あるんやわ。
近所やし、ご本人のことはわかるけど、ご家族の事とかも把握できるようにして、
いざという時のために連絡できるように備えていかなね。
そのためにも、在所の中での交流も復活させていきたいと思っとります。

在江区の珍しい事や自慢といえば?

実は、越路小学校に通う小学生は、タクシーで通っとるんや。
タクシーとはいっても、乗合タクシーやけどね。学校が遠くなったけど、
通学バスを出すほどでもないというのが理由で、珍しい事やね。

それから、秋祭りが十月にあって、子供獅子舞をしたり、
神輿も出たりするんやけど、実際に人がちゃんと担いどるのは、
近隣ではうちの在所だけねん。それが自慢かな!


第6回 七尾市南ヶ丘町


国道一五九号線から丘に向かって坂道の両側に、
段々畑のように家が建っている、そんな南ヶ丘町です。
緑が多く、静かな住宅街です。

町会長小林義弘さん にお話を伺いました。

南ヶ丘ってどんなとこ

五十年ほど前は家もなくて、ずっと山やった。
段々畑になっとって、菜の花、山桜が咲いとったよ。
部活動でこの辺を走っとって、たいへん美しいところやなあと思っとったんや。
今はそこに住宅が建っとるね。

それで、住宅が段々にあるんですね。

そうやね。町内会が出来てから四十六年。
今じゃあ世帯数は二七〇くらいあるね

南ヶ丘町の特徴はなんですか?

まず、緑の豊かな町やね!

南ヶ丘は、七尾市と緑化協定を結んどって、一九八四(昭和五十九年)に市内で第一号に締結してん。
さざんかや桜、ツツジを提供してもらって、公園とか住宅の庭に植樹してきとるんやよ。
道路沿いにプランターを置いたり、草刈りしたりして、緑と景観を大事にしとるね。

それから、防災の町やね。

阪神淡路大震災の教訓から、現在は閉校になった旧七尾工業高校さんからの
呼びかけで南ヶ丘と協定を結んでん。
防災訓練は、生徒さんも参加して、災害を想定して、
お年寄りのおる家にはリヤカーで迎えにいったよ。
当時としては徹底したものやったね。

冬には、生徒さんがお年寄り宅の玄関の除雪もしたよ。
リアルな防災訓練やったもんで、テレビ局とか新聞が取材によう来たわ。

そんな訓練を毎年しとったから、七尾市から認められて
防災倉庫(コンテナ)もいただいたし、県からも色んな防災器具をいただいたよ。
ヘルメットとか、ハンマー、バールとかね。
実際に災害が起きた時に、とても必要な物ねんよ。

これから

若い人のおかげで、昨年の矢田郷地区の運動会で、二十四町の中で優勝してん。
南ヶ丘は新興の町やけど、防災を通じて町内の団結が強くなったおかげかも知れんね。
これからも訓練をしっかりして、安全で緑の多い住みよい町にしていきたいね。

みこの一言

緑のほんとに多いすてきな町です


第5回 七尾市天神川原町


田んぼが広がり、大谷川と蹴落川2つの川がある住宅街。
石動山系西側の傾斜地に展開する天神川原町です。
七尾城山の入口に立地しています。

そんな天神川原町の町会長
川淵 正さん にお話を伺いました。

天神川原町ってどんなとこですか?

ここ三十~四十年の新興の町やね。
昔は四軒ほどから今では五十五軒ほどに増えて、新宅の方が多い町やわ。
アパートやマンションも増えてきとるよ。

天神川原町の特徴は?

県道城山線が通って整備されたから、交通量も増えてきてん。
だから交通安全に力を入れとるわ。
朝の挨拶運動をしたり、鵬学園さんの前に横断歩道をつけてもらったり、
夜の街灯をつけてもらったりして、みんなの安全に気を配って取り組んどるよ。

七尾で学生が一番多く行き交う町かな。
ななおあいじ保育園、天神山小学校、七尾東部中学校、
鵬学園高等学校と、学校が近くに沢山あるからね。
朝晩は通学の子供達でにぎやかや。

みんなが集まる行事はありますか?

新しい町やから、伝統的なお祭りがないげん。
でも、町の人たちは近くの矢田郷公民館やサンライフプラザでの催し物を楽しんどるよ。

矢田郷公民館では、六月にはYAYAフェスタがあったし、
八月にはナイトインサマーやたごうっていう催し物があるね。

これから

町のお祭りはないけど、夏の川沿いの草刈りを町民でやって交流を深めとるよ。

比較的若い町会長なんで、皆さん気軽に声をかけやすいのか、色々とアドバイスをいただくんやわ。
私もいろんな会に出向くから、情報を聞き取って、要望は市役所にかけあったりして、
さらに住みやすくなるように行動しとるよ。

『天神川原に住んでよかったな』と思ってもらえれば、いちばんの幸せやわ。

みこの一言

これから伝統を作っていく町ですね


第4回 中能登町一青


西は眉丈山、東は石動山に挟まれた、
田園風景豊かな中能登町一青。

一青といえば、歌手の一青窈さん。
お母さんが一青の出身ということで一躍、
一青の地名が知られるようになりました。

一青ってどんなとこですか?

一青のほとんどが、田んぼといっていいね。その広さは約六十五ヘクタール。
一青の地域では、百三十所帯が暮らしとる。
そのうちの二十所帯が、他の地域から新しく来られた方達です。
住みやすいからかな。町の子育て支援も行き届いとるからかもしれんね。

一青の象徴的な場所などはありますか?

ひとつは、松尾神社やね。
麦祭りや秋祭りなどの神事が年に七回あって、みんなの心をひとつにする場所やと思うよ。
だから雨漏りや古いところを直したり、ケヤキの伐採もしたりして、大切に守っていかんとね。

もうすぐイベントがあるとか・・・

そうそう。一青に「曳山」が一基あるんでぇ。
今年の八月四日に中能登レクトピアパークでする、
第八回 町祭「織姫夏ものがたり」に展示することになったんや。
曳山は、ずっとしまってあったけど、おひろめは十二年ぶりやね。


町祭に出るきっかけは、町の「ふるさと創修館」に曳山を展示する順番がまわってきたからね。
それなら八月四日の町祭に出てから展示しようということになってね。
曳山の飾り付けのリハーサルもしとるし、花笠制作もせなならん。
囃子とか、三味線も有志を募って、練習しとるんや。

それはすごいですね。 

まず、在所と農地をこれからも一青のみんなで守っていくこと。
それから、人と人とのつながりを大切にしていくことやね。
気も使うけど、人からはエネルギーをもらえる。みんなの笑顔が見れたら最高や~!

正直みんな大変やろうけど、やるならしっかりやって楽しくやろうと。
終わったら、達成感とか一体感が味わえるんやないかな! 
これを機に、祭りの行事も伝承としてつなげていければと思っとる。
生産組合・女性協議会・青壮年団・万年青会(実年会)老人クラブという、
各団体と連携して、いい集落にしようとみんなで動いとります。

みこの一言

人と人が助け合う「一青」ですね


第3回 能登島長崎


七尾日本海に細長く突き出した能登半島から、さらに海を隔てた島、能登島。
そして島内で本州とつながる橋からいちばん遠い集落のひとつ長崎町。
富山湾が目の前に迫り、晴れた日にはその先に海越しの立山連峰を眺めることができます。
海と山の恵みをどちらも受けられる地域です。

【長崎町の町名の由来については、寛政六年・一四六五年の八幡社再興棟札に
「長崎左衛門太郎」と当時の土豪の名が見られるということです。】

長崎ってどんな町?

「昔は、海の幸、山の幸がすごい豊富やった。海では魚はもちろん、海藻や貝類が沢山とれたし、
山では良質のマツタケがいちめんに生えとった。子供たちも、自然の中で元気いっぱいに遊んで、
とても自然に恵まれた地域だったんやよ。でも、今じゃあ人口も減って、25世帯で80人ほど、
一人暮らしや高齢化も進んで、小学生以下の子供は今6人しかおらん。
土地を手入れする人も減ったから、山や田んぼも荒れてしもうとる。」

「能登島自然の里ながさき」〈代表 室屋哲生さん〉

私たちは、里山の保全と再生、地域の振興と交流人口の拡大に取り組んでいます。
町内会、生産組合、婦人会と協力して、休耕地の改善、海辺の環境保全、森林の再生、
地域資源の活用とかを進めとるんです。ここ長崎町は、半農半漁の集落で、
生物多様性が維持され、能登島ならではの豊かな自然が残るすばらしいところ。
能登島の自然を活かした長崎町の活性化に頑張っとるよ!

町会長〈角三さん〉

集落のまとまりがあるからこそ、里山里海の活動が進められた。
みんながそれぞれにできる形でいろいろ協力して、活動してくれるからね。
外部からのボランティアの受け入れなんかもしとるんやよ。
昔みたいに家族三世代が暮らせるように、長崎町から独立していった若者が
帰って来られるような地域にする。それが私らの務めやわ。

みこの一言

愛しそうに長崎の山を眺めるお二人でした。
能登島長崎を心から愛してらっしゃるんだな~と感じました。


第2回 七尾市府中町七軒通り


七尾市府中町は、東西に通る女郎浜通り、浜通り、
南北に通る川渕通り、どんたくさんから印鑰神社までの立丁通り、
スギヨさん裏の七軒町通りと、5つの町で構成されています。

なんでも七軒町通りは、通りの長さが七間しかないとか、
また、家の数が七軒しかなかったからとかで
名付けられたというそんな言い伝えがある町です。

「七軒町通りってどんな町ですか?」

そやねぇ。3つの祭りがある町やね。

一つは、でか山。
でか山では、府中町全体を引っ張る町と自覚して頑張っているよ。

二つめは、奉燈。
うちは、他の町内の人手はいっさい借りずに自力でやっているのが自慢だよ。
(その代わり奉燈の下に車輪をつけて引っ張っとるんやわ)笑

三つめは、愛宕神社のお地蔵さん祭り。
今年も鈴縄を新調して、参拝者が雨に濡れないように鳥居と舘の間に
屋根を付けたとこやわ。

この町では、本当に地蔵さんを大切にしてみんなで守っとるんや。

「お地蔵さん祭りって何ですか?」

山王神社の神主さんに祝詞を読み上げてもらい、
町内全体と子供達の安全を祈り、地蔵さんの前で、
お好み焼きを焼いたり、ヨーヨーすくいをしたり、
大人は、ビールを飲んだりする町内のお楽しみ交流会なんや。

「この町にとって地蔵さんとは…」

守り神やね。子供の事故もなく、みんなスクスク育っとるし、
この町内は一度も火事がなく、今年まで40年余り続けていた
『火の用心』の拍子木も感謝の気持ちを込めて地蔵さんに納めたとこやわ。
守り神の地蔵さんに健康や長生きを願って、お賽銭をして参っている人もたくさんおるしね。

「町の自慢って何ですか」

それは、やっぱり人やー。
用がなくてもなんだかんだと集まったり飲んだり、
ひとの繋がりを大切してるんだよー。

『住民同士が愛しあっとる町』これがオレの自慢や(笑)

ちえの一言

お地蔵さんを中心に愛と
ガッツがある町なんですね。


第1回 七尾市相生町


在所名の由来

江戸時代には、『中小池町』という地名で呼ばれ、
それが『中桶町』となり、明治時代に行われた
町名変更の時に『相生町』になったと言われています。

「相生町ってどんな町ですか?」

この町に暮らしてから30年ほどだが、昔は、町全体の景気もよかった。
今は、人通りも減ってしまったが、トンチンカン共和国としてがんばっている『商店の町』だよ。

「 この町の特色はなんですか?」

お寺が4軒もあるんですよ。そのこともあってその昔、桶、仏壇屋
など寺関係の装飾品のお店がとても多く、「中桶」と呼ばれていたの。

そんな、お年寄りが慣れ親しんだこの町の呼び名を会の名前にしたのが
『なかおけ会』その会の参加資格は、75歳以上の女性のみなのよ。

「結成のキッカケは?」

4年前、私が町内会長の時に、七尾市からお年寄りの痴呆防止の為
「いろいろなところへ連れ出して下さい。」という要請で、
年間6万円の予算を頂き発足しました。予算は、3年間で終了。

4年目の今年も、自主的に新年会をしたり、桜をみたり、
月に1回は必ず集まって楽しんでいます。
結成当時は 13人。現在は 8人。だんだん減って寂しいです。

「相生町のこれから」

もうすぐ、青柏祭。町あげての行事は、やっぱり、でか山。
今年は、相生町が府中でか山の人形番です。
相生町へ『人形見』に来て下さいね。
町が老人中心になっているので、これからは、若い人にお願いして、
町会をもっともっと盛り上げてもらいたい。

ちえの一言

人と人。絆。支え合い。
すばらしい町のお話を聞かせて頂きました!